楽は下にあり

大学入ってすぐの人でも、
社会に出たら、少しでも出世したいと思います。
自分の意のままにたくさんの人を指図したい。
人の下よりは人の上に立ちたい。
そういう思いをもっています。

しかし、そうやって上り詰めていけば
どんどんと喜びが増えていくのかといえば、
そんなことはありません。
「楽は下にあり」
とも言われます。
有無同然です。

最近は倒産する企業も多いです。
そんな時、つい最近入社した人と、
部長とか社長と言われる人と、どっちが苦しむか。
地位の高い人の方が、不安で戦々恐々としてしまうそうです。
家族がたくさんいる。
ローンも残っている。
平社員は気楽なものです。
また新しいところに就職すればいい。

また、こんなことも言われます。
地位があがっていくと、
それまで何でも腹割って話せていた友達とも
昔のように話せない仲になってしまうんだそうです。
うかつなことが言えない。
地位だけでなく、にわかにお金持ちになると、
人を信用できなくなってしまうそうです。

地位が高くなると、うかつにものをしゃべれません。
ちょっとした発言が回りまわって誰に聞かれるか分かりません。
そんな悩みを話す友達もいなくなって、
インターネットで
「おれ自殺するかもしれない」
とかやるかもしれません。

戦国武将が城を築きます。
いろんな仕掛けがあるそうです。
いつ誰が自分を狙っているか分からない。
普通、家の外にいる時はビクビクしていても、
家に帰れば安心できるはずです。
それが家です。
なのに、家の中にまで自分の命を狙う人が
あるかもしれないという不安が絶えません。

もし有無同然だとすれば、
本当の生きる意味
仏教に教えられています。

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by sakyamuni | 2018-06-29 18:00 | 生きる意味 | Comments(0)

泥棒の報いと呪い

あるところに、泥棒が入りました。
ところが、その泥棒が入ったところには空手5段の主人がいました。

返り討ちにあって、骨を折られました。
ところが盗んだのは1000円。

「金は返すよ。でも骨折った慰謝料を払え」
という言い分をいっても、
成り立ちません。

正当防衛ですし、
仏教では因果応報といって、
泥棒した報いです。

現代では引き寄せの法則で、
楽して儲けようという愚かな思いが、
骨折を引き寄せたのです。

そう思いますとね、私達が
「あん畜生
という怨み呪いの心も同じです。
自分の思いが、不幸や災難を引き寄せているのです。

なぜやめぬ 怨み呪えば 身の破滅

という言葉があります。

怨み呪いというのは、愚痴の心ですが、
いかに愚痴の心がばかげたことかわかります。




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by sakyamuni | 2018-06-27 18:00 | 因果の道理 | Comments(0)

不幸や災難がやってくると、困った時の頼みといって、
に祈ったり、祈祷したりし始めます。

しかし現在、たいていは、神様の所に行かなくて、
自分の都合の悪い時には、人のせいにする事が多いですね。
お父さんのせい。
お父さんの帰りが遅いから。
お母さんのせい。
なんで僕の弁当箱にタコウインナ—が入ってないの?
昔なら65円だけ渡して、
これでマクドナルドの平日半額買えっていうから。

つまんない。
なんでこんなにつまんないのー?。
家が悪い。
よし家出。
隣に座っている人がつまらない。
何この人?
まるでイースター島のモアイだわ。
先生!席替えして下さい。
先生!班がえして下さい。
先生!先生変えて!!
先生がきらいだから、親がきらいだから、私が今苦しんでいるのは。
あなたみたいなひとを好きになったから、社会がわるい。
森首相が悪い。
森をだした、W大学がわるい。
とんでもない大学。
つまらない目にあうと、親、社会、学校、友達・・その環境のせい。
じゃ、環境を変えて幸せになっているか?
なっていない。
あなたの心が引き寄せているんですよ。

環境を変えようと思うなら、
あなた自身が変わればいい。

あなた自身が変われば、
どんな環境にいったって、幸せになれる。

問題は外にあるのではない。
あなた自身にある。
原因と結果の法則でも教えられている通りです。

それがもともと仏教の根幹として教えられている因果の道理です。


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by sakyamuni | 2018-06-25 12:00 | 因果の道理 | Comments(0)

世に言う宗教というのは、
キリスト教とかイスラム教とか、
中国に行くと儒教とか、
日本の神道とか天理教とか、
または天の声なんですという宗教もあります。

どうしてあなたは4泊5日の合宿で300万円もとっているんですか福永さん。
それはね、天の声なんで〜す。
よく言う新興宗教です。

麻原。
大変な重罪で、日本中駆け巡って探してたって時に、
最後、壁の中に隠れていました。
穴掘って入っていた。
そこを機動隊が探していたって事なんだけど、どうも壁の形がおかしい。
ていうんで、ドリルを持って、一気に掘りました。

で、掘っていった人が、中に小さな穴があって、
そこから、その中がのぞけます。
覗いてみたら、ヒゲの親父がこっちを向いて、バチバチっと目が合いました。

そのときに「お前は誰だ?」と聞くと
「私はグルである」
といいました。
そこには950万円が一緒においてあって。
どうして1000万円で無いんだ?

ここで、「グル」という言葉があります。
ライフスペースの高橋もグルといっていました。

グルというのは、本来は悪い意味で使われる。
彼らが言うグルというのは、預言者です。

これから運命がどのようになっているのか
あらかじめその人に聞けばわかっているという事。
だから、この人に聞けば運命がわかるというパターンです。

だからその教祖様が言うとおりにしなさいという。
人殺せというと人を殺す。
こういうのを仏教で外道といいます。
真理に外れた教えです。


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by sakyamuni | 2018-06-23 12:00 | 因果の道理 | Comments(0)

警察などの組織の上の方の人というのは
ペーパーテストだけで決まります。
キャリアです。

ですからまじめな人はペーパーテストだけで
こんな責任ある立場になっていいのか、
何かが足りないのではないのか、
しかし分かりません。

それについて中央大学の学長が
新入生の人へのメッセージということで入っている話があります。

昔のインドの古い仏典にある話ですが、三階建ての話です。
昔のインドにお金持ちがいました。
その人が三階建ての建物を見て、
「高いなー。かっこいいなー。
みんな見上げるぞ、おしゃれー」
というように思って、
「おれもあういうのがほしい」
「おれもあういうのがほしいからつくれ」
と家来に命じて三階建ての建物をつくらせました。
一週間経って行ってみたら、穴を掘っています。
2週間経っても3週間経っても穴を掘っています。

「おれは三階がほしいのになぜ下に向かって掘って入るんだ。
上にむかって三階をつくれ」
といいましたが、その家来は
「高い建物をつくるには基礎が大事、土台が大事です。
三階という高い建物を造るには、
それだけ基礎をしっかり深く作っておかなければならないんです」
というと、金持ちは
「そんなのはいらん。3階だけつくればいいんだ」
といったという笑い話です。

一般に若い人の風潮としまして、
見かけのみにこだわりを持つというのがあります。

資格、こんな資格があったらいい、
英語ができたらいい、
一流の会社にはいればかっこいい。

三階建ての建物で言うと高いとかかっこいいとか、みんな見上げます。
おしゃれ、そういうみかけのみにこだわります。
そして土台、基礎、そういう目立たない
骨の折れることはあまりやりません。

見かけを欲ことにすることのみに力を注ぎがちになってしまいます。
建物でも高いものを積み上げると倒れやすくなります。
それと同じように資格とか英語とか会社での立場とか、
そういうものばかりを求めている人は、
ちょっとしたことで倒れやすくなります。

本当に高いものと積み上げるには
人生の基礎工事土台が大事になってきます。
その人生の基礎工事の土台に当たるものが生きる目的です。

生きる意味がはっきりとわかったら資格とか地位とか、
英会話とかそういうものが生きてきます。

そういうことは高校とか予備校とか大学の授業ではやらないことです。
そして社会にでます。
せっかくエリートコースに行っても40歳50歳くらいになって
「一体何のためにこんなにがんばってきたのか分からない」
働く意味が分からない」
といってミッドライフクライシス自殺する人が多くあります。
今のご時世そういう状態なんです。

このブログではその生きる意味について話をしていきますので、
聞いていってみてくださいね。

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by sakyamuni | 2018-06-21 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)

人生は、不条理苦しい孤独な旅ですが、
私たちは色々な生きがいを心の支えにして生きています。

例えば、
高橋尚子、金メダルを取りました。
金メダルを取るのが生きがい
金メダルを取るために、一日に70kmも80kmも走っていました。
そしてその通り金メダルを取りました。
今まで誰も成し遂げたことのなかった、日本女子陸上界初の快挙です。
その喜びは続いたかな?
その日の夜のインタビューで
「なんか寂しくなっちゃいました」

今まで金メダルを追い求めて、
一生懸命泳いで丸太ん棒にすがったら、
あらこんなもんだったという感じです。
これは、生きがいに裏切られたのです。

徳川家康、天下を取りました。
1600年、関ヶ原の戦いで天下を取りました。
ところが天下を取って、家康はどうだったでしょうか。
それでも駄目でした。
そして、将軍になりました。
1603年。

これで大丈夫かというと、そうではありませんでした。
「重荷を背負うて、遠き道を行くが如し」
といっています。
生涯苦しみ続けでした。

タレントになったら幸せになれるでしょうか。
「AKBになりたい」
しかし、AKBに入ってもその中で
ランクが付けられて、誰が人気があるのかと言われます。
またストーカーに狙われます。
また、週刊誌に写真を撮られます。
有名になればなったで、自由が束縛されます。

日本の首相。
前から暴言ばかりしていましたが、問題にされませんでした。
しかし首相になったから、問題になって、
みんなから叩かれます。
仲間からも文句が出ています。

キャンディーズ。
3人組の女の子。
人気絶頂の時に解散しました。
「普通の女の子に戻りたい」
ところが普通の女の子に戻ったら寂しくなって、また芸能界に2人が復帰しました。
人気絶頂の時には、プライベートな時間がとれないから普通の女の子に戻りたい。
普通の女の子に戻ったら、また芸能界で騒がれたいと復帰します。

都はるみ。
この人も引退しました。
「普通のおばさんに戻りたい」
しかしまた芸能界に戻ってきました。

「波の音 聞くがいやさに山家に住めば また松風の音がする」

どっちにいっても苦しい難度海です。
一つの生きがいに裏切られると、また次の生きがい
そしてまた次の生きがいです。

そうこうしているうちに、最後力尽きます。
すべての生きがいを置いて、
死後の世界へ旅立って行きます。


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by sakyamuni | 2018-06-19 18:00 | 生きる意味 | Comments(0)

親鸞聖人は、
是非知らず邪正もわかぬこの身なり
といわれています。

さらに親鸞聖人のお言葉をお弟子が書き残した歎異抄には、
の二つ総じてもって存知せざるなり
とおっしゃっています。

是非もも知らない姿は、
阿弥陀如来の光明に照らし出された実機です。
これが私たちの本当の姿ですよというのが正、
私は正しいこと知っているといっているのが邪です。

そして何も分かっていない自分がすくわれたのは
弥陀の本願あってこそです。
これが正です。
自分で幸せになれるというのが邪です。

正は、そういう実機のを救うという阿弥陀仏の本願です。

これを明らかにするのが仏弟子の使命です。

こういう真実を叫ぶと非難が起きるといわれていますが、
その通りみんな自分が正しいと思っているから非難が起きます。

仏法を伝えようとしたら家族に反対された
一度聞いてみてといったら金集めだといわれた

そのときは根競べです。
いつまで仏教を聞けるか、
仏教を聞くのは、阿弥陀如来のお力によるものですから、
必ず向こうは負ける勝敗は明らかです。
向こうはくたくたになる
しばらくの間のことです。

阿弥陀如来のご念力に勝てるものはありません。
あきらめきれんと諦める
阿弥陀如来の根気に勝てる人いない

悪口受けたくなければ破邪顕正しなければいいのだ
ともいわれた。
非難攻撃の中さけばれたのが親鸞聖人です。


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by sakyamuni | 2018-06-17 12:00 | 顕正 | Comments(0)

仏法者のすべきこと

ブッダは遺言に
「破邪顕正せざるものは仏弟子にあらず」
といわれています。

破邪顕正とは、邪を破り、正をあきらかにする
ということです。

ですが、破邪顕正しようにも何が邪、正かを知らなければなりません。
あいまいなら気が起きないですし、できません。

まず、何がで、何がすべきことなのでしょうか?
あの人は万引きした、
殺人した、あの人のアリバイがある。
これは仏法者の仕事ではありません。

うちの妻は浮気しているのか。
していないか。
スキャンダルを問題にして仰ぐのがマスコミです。
仏法者がすることではありません。

「我必ずしも聖にあらず、彼必ずしも愚にあらず、ともにこれ凡夫のみ」
といわれています。
他人をみてあの人間違っているということできません。

ではここで邪とは何か、
邪正とは何かといいますと、
これは世間事ではありません。

真実の仏法をねじ曲げるものが邪で、
真実の仏法が正です。

真実の仏法には、
本当の生きる意味が教えられていますから、
本当の生きる意味を伝えましょう
ということです。



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by sakyamuni | 2018-06-15 13:00 | 顕正 | Comments(0)

教学と行学

仏教を聞く上で、教学と行学が大切です。
教学力とは教えの深い理解です。

自利利他の教えです。
そして、人に仏教の話をするときに分かりやすくなります。
色々な失敗があるがもっと勉強させて頂きましょう。

行学とは、仏教の教えの通りに実行することです。
仏法で言われる善を身に付けているかどうか。
教学で学んだことを真面目にやるのが大切です。
まずは聞法が一番大事です。
そして
六波羅蜜(ろくはらみつ)、
6つです。

そういうことを立派に心がけていく人は、
輝く存在ですから、
みんな仲間になりたくなります。

失敗する場合にはこの逆を実行しています。
けちで、約束を破り、すぐに怒り、怠けます。
仏教は伝わりません。

仏教の教えの通り実行していったら徳が身につきます。
徳のある人、誘蛾灯のような人です。
ああなりたいとあこがれる存在になりましょう。


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by sakyamuni | 2018-06-13 13:00 | 実践 | Comments(0)

浄土真宗を広められた蓮如上人は、
あるときこのようにおっしゃっています。

同じく仰せに、「今日の日はあるまじきと思え」と、仰せられ候う。
何事も、かきいそぎて、物を御沙汰候う由にて候う。
ながながしたる事を御嫌いの由に候う。
仏法のうえにては、明日のことを今日するように、いそぎたること、賞翫候う。
(御一代記聞書104)

今日の日もないんだと言われ何事も急がれています。
仏法者は明日することを今日する。
蓮如上人はこのように過密スケジュールを過ごしておられます。

ご説法では一言一言噛み砕いておられるが、
壇上から降りられると変わられます。
ものすごく早い。

蓮如上人のお言葉で若き仏法者が私たちにメッセージを残しています。
日々全力投球、これが蓮如上人のお姿です。

今日死んでしまったら、そういう気持ちで
説くので真剣で聞いてください。
今日が最後のご説法だと言う気持ちです。
そういう気持ちで聞いてもらいたい。

親鸞聖人の時代、天皇の女官であった鈴虫・松虫は、
夜、抜け出して仏教講座に聞きに行きました。
発覚したら命はないかもしれない。

暇なときに仏教を聞かせていただけばいいと思いますが、
どうして行ったのでしょうか。
後生の一大事があるからです。

昼間に話を聞かせて頂き、
その日の夜に仏教を聞かずにおれなくなったのです。

今の苦しみは一時の苦しみ。
明日はないという気持ちで求めて阿弥陀仏に救われる。

だから私たちのここ一つ聞いたならば底抜けの幸せ者になれる。
大宇宙一の幸せ者。
求めてきてよかった。

その先にある、求め抜いて頂きたい。
求道の道程には色々あるが、それは幸せのため。
それを苦しいと投げ出すのは勿体ない。
それが幸せの姿なのだから。
後生の一大事という大問題の解決に向かって進んで頂きたい。

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by sakyamuni | 2018-06-12 18:00 | 仏教 | Comments(0)