カテゴリ:生きる意味( 112 )

新・新人類の幸福論

ニュース23でやっていた「新・新人類の幸福論」
現代人にとって幸せって何だろう?
結構関心を引くテーマです。

面白かったと思ったのは、幸せだと思う職業は?の問いに
男女とも陶芸家、
最低だったのは不祥事続きの政治家、警察官でした。

理想の年収は、1千万程度
しかし本物の陶芸家が出演して、
「とても無理」
「国宝級の人くらいでしょう」と
確かに理想と現実とは、なかなかかけ離れているもので、
幸せになりたいのになかなかなれません。

また、
テレビの中で、筑紫さんのパートナーが言っていました。
今はモノが溢れている時代だから、
何もかも当たり前になってしまって、
あまりそれが幸福と感じられなくなっています。

考えてみると、「幸福」って何だろう?

古今を通じて、多くの人が論じてきている問題です。
それは、やっぱり、生きているからには
皆な一応幸せになりたいと思います。

幸福を求めて生きている、と言っていいのでないでしょうか。

あらためて、
なんのために生きるのか」って聞かれたら、
それはやっぱり
「ああ生きててよかった」って言えるような
明るい楽しい充実した、そういう人生を送りたい。

これが言葉を変えれば、
「幸せ」になりたいから、ということじゃないかしら。
みんな幸せを求めて生きています。

生きる意味は幸せになることなのです。




[PR]
by sakyamuni | 2018-11-07 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)

五木寛之「人生の目的」

以前、こんな本がベストセラーになりました。
五木寛之「人生の目的」この本の一節です

ご本人いわく
「あまりにも正面切った古風な言い方で、
今の時代には野暮の骨頂と笑われかねない題名だと
自分でも苦笑する気持ちがある。
しかし野暮でもいい。
月並みも構わない。
人生をギャグで茶化すのも一つの智慧だが、
ここでは最近最も流行らない正面切ったやり方で、
大事なことを考えてみよう」

やはり生きる目的が大事だといっています。
そしてとりあげられたのが、ある自殺した小さい子供の遺書です。
人間の存在意義は何なのか。

最近はますますそれに対する答えが求められています。


[PR]
by sakyamuni | 2018-11-03 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)

科学は諸刃の剣

昔から言われるけれど、科学という専門知識、これは諸刃の剣です。

原子力も、恐ろしい大量殺戮兵器にもなれば、
私達の生活にかかせない電力供給源にもなります。

肝心なのは、科学知識を何の為に用いるか、という目的です。

科学はある意味では手段であり道具です。
道具を使って何をするか、
この目的があいまいなまま科学という便利な道具を使うと
悲劇が生まれます。

オッペンハイマーという人、歴史に名を残す有名な科学者です。

なぜ有名か?
アメリカで世界初原爆の製造に成功したマンハッタン計画、
その中心人物です。

わずか39歳で、天才科学者の名を欲しいままにした
ニューメキシコ州での実験成功
そのとき歓喜の声あがる輪の中心には、右手を高々と掲げた
彼の姿があった
彼自身その日は興奮に包まれ、夜もよく眠れなかったといっています。

しかし、その原爆が、日本に投下、大変な惨劇
そのニュースが彼のもとへと入ってきます。
彼はドンドンふさぎこんでいってしまう
「私の手は血塗られている」
後に湯川博士が面会
「50の彼は、70の老人のよう」
晩年は廃人のようでした。

科学は、果たして素晴らしいものと言えるか
科学は道具
要はそれを使う人間の問題です。

道具は、それを使う人間によって、良いものにも悪いものにもなります。
はさみでも
カッターでも、
人に役立てることもできれば
人を殺すこともできます。

アインシュタインの言葉
「科学なき宗教は盲目であり、
 宗教なき科学は不具である」

科学は人間がよりよく生きるためにありますから、
よく生きるための手段です。
ですから究極的には、
生きる目的がわからなければ、
科学の意味もわかりません。

[PR]
by sakyamuni | 2018-10-31 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)

みんな幸せを求めているのに、誰も幸せになった人がいない。
苦しい人生です。
こんなんなら、苦しむために生きているようなものではないか。

徳川家康でさえ、
「人の一生は重荷を背負って遠き道を行くがごとし」
はてしなく幸せになれなかったと言っている。
自分にはとても無理だ、と思う。
そこで浄土真宗の親鸞聖人は、人生を明るく楽しく渡す大船があるんですよと言われている。

ところが、あるんだぞと声を枯らして親鸞聖人は叫んでおられるが、
私たちは丸太しか見えない。
心を奪われている。
大船が見えない。
乗れよと言われていても乗れない。
これは何を表しているのか。

あるぞと聞いてもわからない。
それが私たち。
それで難度海になっちゃう。
そう教えて頂いているのに。
見えない。
聞けない。
乗ればいいのに、丸太しか見えないから、それを追いかけてばかり。
どこまでいったって、それじゃ安心満足できない。
どれだけ聞かせて頂いても、それがわからない。
言われてもわからないから不安がなくならない。




[PR]
by sakyamuni | 2018-10-18 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)

みんな幸せを求めているのに、誰も幸せになった人がいない。
苦しい人生です。
こんなんなら、苦しむために生きているようなものではないか。

徳川家康でさえ、
「人の一生は重荷を背負って遠き道を行くがごとし」
はてしなく幸せになれなかったと言っている。
自分にはとても無理だ、と思う。
そこで浄土真宗の親鸞聖人は、人生を明るく楽しく渡す大船があるんですよと言われている。

ところが、あるんだぞと声を枯らして親鸞聖人は叫んでおられるが、
私たちは丸太しか見えない。
心を奪われている。
大船が見えない。
乗れよと言われていても乗れない。
これは何を表しているのか。

あるぞと聞いてもわからない。
それが私たち。
それで難度海になっちゃう。
そう教えて頂いているのに。
見えない。
聞けない。
乗ればいいのに、丸太しか見えないから、それを追いかけてばかり。
どこまでいったって、それじゃ安心満足できない。
どれだけ聞かせて頂いても、それがわからない。
言われてもわからないから不安がなくならない。




[PR]
by sakyamuni | 2018-10-18 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)

鎌倉時代の古典、教行信証に、
難度海を度する大船」とあります。

難度海というのは、私たちの人生のことです。
生きる意味がなかったらどうなるでしょうか。

それは見渡す限り水平線のところに、放り込まれて、
そこを泳いで行かなければならないようなものです。

芥川龍之介の「珠儒の言葉」にもあります。
難度海はちょうどそのようなところ。
この場合、どこへ向かって泳げばいいかわからない。
360度水と空しか見えない。
そんなところにいたら、まるきり目標が見えない、目的地が見えません。
不条理な人生です。

だけどじっとしているわけにはいきません。
沈んじゃいます。
それで泳ぐわけです。
難度海というのは、私たちの人生をたとえられたものですから、
泳ぐということは、私たちが生きるということです。

でもそんなところを泳ぐだけ泳いで行ったらどうなるでしょうか。
見渡す限り大海原ですから、死んじゃうだけです。
これおかしい。

私たちはどこへ向かって生きていくのか。
生きる意味がないのはヘンということです。
それがあれば、働く意味も出てきます。


[PR]
by sakyamuni | 2018-10-16 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)

若者が今求めているもの

メル友とか、コミュニケーション能力とか、
若者はみんな色々考えて悩んでいるようだけど、
結局、共通しているのは、不安
心が暗いから、暗い自分を明るい自分に変えたいと考えていること。
一生懸命、人から明るいねって言われるような自分を演じている。

しかし、心の底にはそうでない自分がある。
これでは見せかけの明るさ、幸せということ。
こんなことを続けても、いつまでたっても誤魔化しの自分ということになる。
本当に心の底から喜べる自分にはなれない。
ごまかしのまんま。

だから、本当の自分を探すということが極めて大切じゃないかな。

本当の自分とは、心の底から喜べる自分。
生きててよかった、と喜べる自分。
心の底から幸せな自分。
これを教えられたのが、仏教
つまり、生きる意味
これは、幸せになること。
本当の幸せになること。



[PR]
by sakyamuni | 2018-10-12 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)

大学に入ったら、有意義に暮らしたい。
充実した生活を送りたいと思ってる人は結構多いんじゃないかな。
けど、有意義って何だろう。
充実してるって何だろう。
意義があるって、その意義は?
実が充填ってその実りは?
これが分からなかったら、有意義な生活も充実した生活も送れない。

20年くらい前から、大学で言われていること。
三無主義
・無気力
・無関心
・無責任
ほかにも無感動なんてのもある。
気力がない。
何に対しても興味関心を示さない。
責任感がない。
全部他人に任せてしまう。

結局何したらいいのか分からない。
単なるモラトリアム状態。

たたずみあなたっていうのがいるらしい。
以前の日経新聞に出てる。
たたずんでしまっている人
どこにいるのかというと東大の本郷キャンパス
本郷生の約一割、つまり、600人くらいが、
保健センターでカウンセリングをうけた。

それらの人に共通しているのは、
いったい何を勉強したらいいのか分からない。
何をして生きていいのか分からない。
院生であれば、何を研究すればいいのか分からない。

こんな人が増えているらしい。
これは単なる五月病にはとどまらず、
スチューデントアパシーになってしまっている。

そういえば文部科学省では、
なぜ勉強しなければならないか。
この答えを平成13年中に出す、と言っていた。

現場では誰も答えていないということ。
親も先生も誰も答えられないから、こんなことになっている。
それどころか、行政機関も誰も分かっていないということ。
ものすごい虚無感です。


[PR]
by sakyamuni | 2018-10-10 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)

医学の行き詰まり

医学は、色々な意味で大変です。
実は大きな矛盾をかかえているのです。

そもそも医学部の学生も大変です。
6年間です。
4年間と違います。
しかも文学部と1年間の大変さも違います。
試験期間も比較的長いです。

では大学を卒業したら医者になれるか?
なれません。
それからまた実習とかあります。

一人前の医者になるとなったらスゴイお金、
労力は大変なものです。
医学一つに大変なお金が投入されています。

この医学もいき詰まっています。

医学は命を延ばすことを無条件に価値があるとしていますが、
延ばした命で何をするのか?
これに答える事ができないからです。

この象徴的な事件が3年ぐらい前にありました。
心臓の臓器移植のときのことです。
心臓移植、どうやってするのか?
カッターナイフではできません。

非常にお金もかかりますし大変多くの人が携わって
ようやく命が助かりました。

その結果、
「延びた命で何をしますか?」
とインタビューを受けて、
その答えは
「阪神戦を見ながらビール飲みます」

なんかせっかく伸ばした命なのに・・・。
医学では命を延ばす目的を教えません。
生きる意味がわからないのです。

これがわからなければ、医学の意味もわからなくなります。
生きる意味は、仏教に教えられていますので、
医学に仏教は必須ということになります。




[PR]
by sakyamuni | 2018-10-08 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)

アフリカは暗黒大陸?

アフリカは、暗黒大陸と言われていました。
白人の人たちが、文明がないとか、野蛮だとか、黒人は頭が悪いという理由で
勝手に名づけていただけです。

白人は、奴隷貿易のかたわら、
暗黒大陸へ光をということで
いろんなものを持ち込みました。

その結果、昔は石と木で戦争してたのが
今では戦車でやっています。
白人達のおかげで
もっと暗黒大陸になりました。

みんな
「科学は人間を幸せにするもの」
これをもう大前提で考えているのです。
しかし、問題は目的です。

どんな目的に科学を使うかによって
いいものにもなれば、悪いものにもなります。

科学は人間が便利に生きるためにあるのですから、
生きる意味がわからなければ、究極的には
科学の意味もわかりません。

そうやって生きてどこへいくのか。
これを明らかにされるのが仏教です。
仏教はスゴイことを教えているのです。


[PR]
by sakyamuni | 2018-08-27 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)