カテゴリ:罪悪( 51 )

煩悩とは、私たちを煩わせ、悩ませるものです。
人間は、煩悩のかたまりです。
これを煩悩具足の凡夫と言われます。

煩悩は108ありますから、
除夜の鐘は、108つきます。
今年一年間煩悩に煩わせ、悩まされてきたから、
一つずつなくして、来年は、苦しみのない一年間にしたい
という願いを込めてうっています。

しかし、煩悩をなくしたら
煩悩具足の私がなくなってしまいますので
なくすことはできません。

その108の煩悩の中でも
最も恐ろしい三つを三毒の煩悩と言われます。

その3つとは、
欲望怒り愚痴の3つです。

もう一度いいますと、
煩悩というのは私たちの心身を煩わせ悩ませるものをいいますが、
百八の中でも特に悩ませるいやな奴が三つあります。

いわゆる三毒の煩悩といわれるもので、
貪欲、瞋恚、愚痴がそれで最も勢力の強い煩悩なのです。

貪欲とは欲の心できたなく、
瞋恚は腹立つ心で恐ろしい奴です。
愚痴は馬鹿な心で醜い奴です。

この3つが私たちを苦しめているのです。
つまり、私たちを苦しめているのは他人ではなく、自分自身なのです。


by sakyamuni | 2019-01-03 12:00 | 罪悪 | Comments(0)

哲学にない仏教の特徴

私の知る限り、スフィンクスの人間に人間を問うなぞなぞや
ソクラテスの「汝自身を知れ」や
ソフィーの世界の「あなたは誰?」など、
自分自身を知りなさいと言っているという事はあるが、
自分の本当の姿はこういう姿をしているんですということは
どんな哲学の本の中にもありません。

ところがブッダが説かれた仏教の中には、
自分自身の姿を知ることが大事だと言うことも説かれているが、
その自分の姿も説かれているし、
何がどう変わったら本当の幸せに生まれ変わるのかということも
仏教の中には説かれています。

こういう点で他のものと比べるとずば抜けて素晴らしい教えがあるから、
ブッダのことを世界最高の偉人だといわれるようになった所以です。

あなたが仏教を聞けば聞くほど、知れば知るほど、
本当の自分の姿が知らされるようになります。


by sakyamuni | 2018-12-20 12:00 | 罪悪 | Comments(0)

禅宗の有名な僧侶に道元という人がいました。
禅宗の中でも曹洞宗です。
ひたすら座禅を組みます。

心をしずめて座っています。
これは「今日のご飯はなんだろう」とか
「いとしのエリーちゃんはどこにいるだろう」
と思って座るのではありません。

自分と向き合って自分の心を知るのです。

その道元の残した言葉に、
「仏道を習うということは、自己を習うことなり」
という言葉があります。

仏教を聞き求めるということは、
自分の心を知ることなのです。
だから、仏教の教えにしたがって進んで行くと、
今まで知らなかった自分の心が知らされてきます。

なぜなら、幸せというのは、自分の心の状態ですから、
自分の心がわからないのに
幸せになるということもありません。

仏教は、本当の幸せになることを目的としていますので、
自分の心を知らないといけないのです。


by sakyamuni | 2018-12-17 12:00 | 罪悪 | Comments(0)

浮気夫婦の末路

昔、インドにバラモン教というのがあって、非常に厳しい身分制度があって差別されていました。

あるところにとても仲の良かった夫と妻がありました。
そして、二人とも美男と美女だった。
美男と美女なので、ファンが多くあります。
すると奥さんの立場で考えると、主人が他の女に心を許さないだろうかと心配になります。
夜に主人が物置に行く。
瓶の中に女性を囲っているだろうと思って、覗いてみるとそこには女がいた。
嫉妬に満ちた女であった。
しかも美人。
見つけたわ。
実はそれは瓶の中の水に映った自分の顔だった。

今度は夫が、妻の様子がおかしいと、男がいるに違いないと瓶の中を覗いてみると、目をぎらぎらさせた若い男が睨み付けている。
この男だなといって、妻の浮気をいぶかしがる。
そこでかんしゃくをおこして、瓶を割ってしまうと、消えてしまう。
なんと嫉妬深い女、なんと目をぎらぎらさせた男といっていた相手というのは自分自身なんだね。
ところが自分が嫉妬深い顔をしているとは、目をぎらぎらさせているとは思わないで、
あいつが悪い、こいつが悪いといっている一つのエピソードです。

これも、結局近すぎる自分のことがわからないから。
私たちも自分を反省せずに他人を責めているのは同じようなものではないでしょうか?

他にも浮気した女性の末路の因果応報のビデオがありました。

by sakyamuni | 2018-12-13 12:00 | 罪悪 | Comments(0)

孫子の兵法で、
「敵を知り、己を知れば、百戦してあやうからず」
といわれます。

結婚も一つの戦いかもしれません。
私はどうも目が外に向いているので、相手のことをどうこうというが、
自分はどうかということはあんまりよくわかっていないのかもしれません。

女性に結婚する相手はどういうタイプがいいか?
と聞くと、私のことを分かってくれる人、身長は175cm以上、
見てくれがよくないと駄目ね、と条件が次から次へと出てきます。
男性に聞いても、自分のことをよく分かってくれて、
気が付いてくれて、やっぱりかわいい子がいいな。

優しい人がいいなと相手に対する注文は非常に多くあります。

その特徴としては、そういったあなたは優しいのか、
頼りがいがあるのか、人のわがままを許せる人なのか、
あなたの顔はどうかと考えてみると、
私たちの目は常に外を向いています。
自分のことは分かっているようでわかっていないのです。結婚するということは、この人といっしょになったら、
この人が私を幸せにしてくれると思っているから幸せにしてくれない
怒りの心がおきます。

反対に、私がこの人に幸せを与えられる人物かどうかということを考えないと、
相手に高望みする一方では、幸せにはなれません。
鏡の法則でいれるように、
相手がやっていることは、自分の心の現れです。

私たちは他の誰かに期待する。
それで当然でしょうと思っている。
孫子の兵法によれば、相手も大事だが、目を内側に向けることが
私たちが幸せになる鍵です。

では、自分を知って自分を変えるということはどういうことか。
それは仏教に教えられています。


by sakyamuni | 2018-12-10 18:00 | 罪悪 | Comments(0)

一即多多即一

私たちの目は、外側を向いていますので、
他人のことはよくわかりますが、自分のことは分かりません。

何か嫌なことがあると、あいつのせい、こいつのせいと思います。

ですから仏教では自分の心を知ることが一番大事です。

自分の心を知れば相手の心を知ることができます。
これを『一即多、多即一』と言います。

一は即ち多なり、多は即ち一なり。
浄土真宗の親鸞聖人はご自身の姿を通して万人の姿を知られたんですね。

真理に即して、一切の真理を道破された。
自分の姿を通して万人の姿を知られた。
自分の姿を知れば相手の心がわかるんです。
自分の姿を知らないから相手の心がわからないのです。

自分というものを知る、
わたしとはどういうものか
これが私だぞと仏教で教えておられます。


by sakyamuni | 2018-11-13 12:00 | 罪悪 | Comments(0)

あなたは殺し屋?

仏教では、すべての人が作っている罪悪を
十に分けて教えておられます。

その中、身体で造る罪は、殺生偸盗邪淫の3つがあります。

殺生とは生き物を殺す罪。
これについては3通りの殺生があると教えられます。

自殺と他殺と随喜同業です。

自殺は
自分で生き物を殺す。

他殺は、他人に頼んで殺す。

随喜同業は、他人が殺生しているのを見て
楽しむ心があれば同罪ということです。
ですから、スーパーで買ってきた肉や魚を食べて美味しいと思ったら
殺生罪です。

そして、殺生の罪を造った人は地獄に堕ちると説かれています。
ところが私たちは、食べるためといって
幾億兆の生き物を殺しているかわかりません。

そういうが、殺生罪です。

みんなこれ作っていますから。
男性も女性もこれみんなです。
殺し屋です。


by sakyamuni | 2018-10-04 12:00 | 罪悪 | Comments(0)

仏教で嘘とは?

ウソについては
人間の心と言葉の不実さを道破された
ブッダのお言葉が『大無量寿経』にあります。

とはこれを言うんですね。
人間の心と言葉の不実さ、
まことがないことをいいます。

というのは
心口各異言念無実
のことを言います。

意味は、私たちは心と口と各々異なっている。

言うことと思っていることにはまことがない。
これをと言うんですね。

というのは心に思っていることと
口で言っていることと違っていることを言います。

口で言っていることと思っていること。
一致しないんです。
まことがないとおっしゃる。
これをと言います。

人間の心と言葉の不実さ、まことがないと道破、
明らかにされたブッダのお言葉です。

これを仏教妄語といわれます。
妄語とはのことを言います。


by sakyamuni | 2018-10-02 12:00 | 罪悪 | Comments(0)

十悪とは

十悪を列記せよ。
1、貪欲。
2、瞋恚。
3、愚痴。
これが意業、欲望怒り愚痴です。

4、綺語。
5、両舌。
6、悪口。
7、妄語。
これ口業です。

8、殺生。
9、偸盗。
10、邪淫。
これ身業です。

これは、どういうことかというと
わたしたち、日々、私たち、
どんなを作っているか
それをブッダは教えて下さっています。

仏教では、私たちに判りやすく、
日々どんなを作っているか。
心ではどうだ。
口ではどうだ、
体ではどうだ
と教えて下さるんですね。

まず意業は、これは判るね。
さっき言ったとおり、貪欲瞋恚愚痴はわかります。
これがもとになって、心では常に貪欲、瞋恚、愚痴だから、
これが元で口ではこうだ、
体ではこうだと教えられますね。

もとはこうです。
ちょうど河があったとしたら、
川の上流で赤いインクを流したならば、
その下流はみんな赤く染まりますように心で、
欲望怒り愚痴を作り続けるならば、
口や体も、当然、を言ったりをやったりします。


by sakyamuni | 2018-09-30 12:00 | 罪悪 | Comments(0)

仏教で一番恐ろしい罪が謗法罪。
その次に恐ろしい罪が五逆罪です。
2番目ですね。

この五逆罪も謗法罪と同じく無間業と言われます。
五つの恐ろしい罪。
これが五逆罪です。

共にこれ無間業と言われます。
無間業とは無間地獄に堕ちる罪です。
私たちは謗法罪によって地獄に堕ちるんですか、
五逆罪によって地獄に堕ちるんですかと質問した人がありますが、
逆謗で堕ちるんです。

逆謗で私たちは無間地獄に堕ちるんです。
阿弥陀如来の本願では最も怖ろしい罪を二つ挙げて
私たちの本当の姿を教えて下さっています。

本願文では五逆罪、謗法罪という最も怖ろしい罪を出して
教えておられますが、その次の十悪も当然含まれていますね。
五逆罪、謗法罪が最も怖ろしいと言われますから、
それよりも軽い罪は当然出ています。

五逆罪とはあとででてくるように親殺しの罪。
普通の罪悪よりも恐ろしいのは何故かというと
ご恩をあだで返すからです。

ご恩を受けた人に対してあだで返す。
これはより恐ろしいです。
ご恩をご恩と感謝するものは成功する、
しかしご恩を当然と流すものは信用を失う。
ご恩をあだで返すものは身を滅ぼす
ご恩をあだで返す、それが非常に恐ろしいんだ。
十悪よりも恐ろしい。
ただいま残念なことに法律ではこれが一緒になってしまったんですね。

つい前まではこの尊属殺人。
親殺しです。
いわゆるご恩を被った人を殺す。
これは一般の殺人よりも重かったんですね。
ところが法律が改正されて、
今は親を殺しても一般の人を殺しても同じ罪だとなっている、
しかし仏教では違います。

同じ殺人でも十悪で言われる殺生
五逆罪でいわれる親殺しは、親殺しの方が恐ろしい。
なぜかというと本来親孝行すべき
ご恩を受けている方を殺すのですから。

全くご恩を受けていない人を殺すのも恐ろしいですが、
ご恩をあだで返す、身を滅ぼします。
恐ろしい結果を招きます。
恩を仇で返すのがいかに恐ろしいかを
私たち知っていなければなりませんね。

by sakyamuni | 2018-09-28 12:00 | 罪悪 | Comments(0)