初めて仏教を聞きに来た人と話をするのが怖い場合、
どうしたらいいのでしょうか。

このような人は、結構います。
そういう場合は、相手の立場に立つことが大切です。

そうすると、むしろ向こうが怖がっていると思います。
多分怖がっています。

自分のこと嫌われるのではとビクビクしています。
立場関係からいうと初めて聞きにきた人より、
すでに聞いている人が有利です。
経験も豊富で友人もたくさんいます。

初めての人のほうは、10人ぐらいなら別ですが、1人きりです。
そこでこちらが怖がっていて避けていたら、余計怖がって行きたくなくなってしまいます。
実際には向こうが怖がっているのです。
初めての人のところへ行ってあげることが
「あーよかった。安心していいんだ」
と思ってもらえます。
向こうのほうが怖がっているのだから恐れることはありません。

安易に
「何か質問ある?」
と聞くのはプレッシャーを与えてしまいます。
こちらが思っているのとは逆です。
向こうの不安のほうが大きい。

前から聞いているこちらが是非教えてあげて欲しい。
不安に思っていること、そういうことを話して欲しいところです。
そうすると仏縁が結べて、本当の生きる意味を伝えることができます。


by sakyamuni | 2019-02-14 12:00 | 顕正 | Comments(0)

自利利他の菩薩の精神

おおよそ、心のコントロールができないということは、
大人とは言えません。

子供はいいことがあると喜ぶし、
嫌なことがあるとすぐに腹を立てます。

仏教がすばらしいから伝えたいと思っても、
言い返してくれないと悲しむし、
腹を立てることをおそれて言えないというのが多くあります。

仏教を伝えるのは、そんな自分の殻を破るいいチャンスです。
縁がなければ破れないからです。

また、考え方を変えると楽になります。
ダメでもともとです。
「断られてもともと、でも、声をかけてみるか」
こういう風に声をかけてみましょう。
それでダメだった、
こういう気持ちです。

「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」
下手だとあたる確率が低い、
だけど撃っているうちにだんだん上手になる。
そういう精神が大事です。

そうすると、相手に幸せを伝えるままが、
自分の仏教の理解が深まって、
自分が本当の幸せに向かって進むことになります。
これが自利利他です。

子供は餓鬼といわれるように、我利我利亡者です。

菩薩の精神は、
自利のままが利他、
利他のままが自利という
菩薩道です。

教える人は、2倍学ぶのです。


by sakyamuni | 2019-02-12 00:00 | 顕正 | Comments(0)

インターネットを使って、生きる意味をもっと早く、
もっと多くの人に伝えられないものでしょうか。

もっと早く伝えるのにインターネットを使うというのは1つの方法です。
しかしいろいろな問題もある。

たとえばインターネットならばどうにでも書けてしまう。
ヘイトサイトというものがある。
インターネットは匿名性が高い。
めちゃめちゃな情報を流すことができる。
悪質な情報サイトのもの。

たとえばユダヤ人大虐殺はなかった。
というもっともらしい情報が流されていた。
インターネットは悪質情報が飛び交っている。
一部の右翼の狂信的な団体の情報が真実らしく伝わってしまう。

キング牧師中傷記事も、パッと見は賞賛しているように見えるのだが、
よくよく読んでみるとものすごい人権侵害。
名前を出さなくていいから、いくらでもすき放題。

反撃のため、自分をふった女性のプライバシーを暴き立ててのせる。
そのような変態が多い。

インターネットには非常にいい情報もあれば、
ひどい落書きのようなものが多くなっている。
ちょうどトイレの落書きのようなもの。
ひどいのもたくさんある。
そんなような情報がインターネットを支配している。

トイレの落書きは、汚い字だからあまり信用してしまう人はいない。
しかしインターネットとなると、活字で出るからだまされやすい。
のせる写真も合成できるから、いくらでもだませる。

特に、生きる意味が教えられているのは仏教です。
仏教といえば宗教ということで、
日本人は、宗教偏見が強いです。
宗教についてはよくない情報ばかりです。

こういう情報の渦の中にいる私たちは、
何が大事かというジャッジメント能力がなければ命の無駄遣い
エネルギーの無駄遣いになってしまう。
取捨選択する能力が大事です。

by sakyamuni | 2019-02-04 12:00 | 顕正 | Comments(0)

不完全燃焼は身体に悪い。
ヒーターならCOが発生。
人間ならフリーラジカルが発生する。
安定してないので色々なものを攻撃する。
有害な物質が生まれる。

人生不完全燃焼すると心には
「つまらん、だりー、あんちくしょー、うらやましい」
愚痴分子が生み出される。

しかも自分の体内にとどめるだけでなく外に発射する。
耳に取り込まれ体内かけめぐり様々な心と融合して
聞いた人はどんどん元気を失い不幸に陥れる
恐ろしい目に見えない分子です。

それで世の中じゅうが不完全燃焼にまみれて全然幸せになれない。
自分も相手も幸せになれない。

完全燃焼、時間が足りない、クタクタになるまで種をまくことができる。
良い種蒔く、完全燃焼の日々。
もえかすなんて残りはしない。
スッキリする。

いまどき青春は死語。

体力、エネルギーがみなぎってるのに
どこに向けたらいいか分からない。
不完全燃焼で、余計なこと、爆弾投げるとか使ってしまう。

インターネット、出合いサイトにはまるのは暇。
そんな時間全然ない。
どこにどうしたら時間ができるのか。
人刺してる時間もない。
三浦海岸行く暇もない

そういう人はひまで仕方ない、やることない。
もったいない。

一回しかない人生、
そしてその年その年は一回しかない。
二度とない。

大仕事 とげて死なまし 熱情の
 若き日は 二度と来はせじ

本当の仏教を多くの人に伝えるのが一番有意義。




by sakyamuni | 2018-10-22 12:00 | 顕正 | Comments(0)

一番最初に、仏教の話をするとき
話題性があるとか最近誰でも知っているニュースとか。
最近誰でも知っているニュースでなくても
相手に身近な関係のある話題がいいんだね。

さっき無口無表情の若者が多いと言ったけれど、
何を言ったらいいか分からない人が多いんですね。
相手と私との距離が開いているのを埋めるのに適切な話題ってのがあります。

その大前提は相手と自分が会話することで、何かを伝えたい、それもいいもの、
相手がちょっとでも幸せになってほしい、というものを持っていることが前提。
嫌われる勇気とは逆の心がけですね。

これがないから会話できない。
しかし私たちは伝えなければならない、
届けたい幸せ喜びが十分にあるんですね。
その上で相手にどう届けるか。

花束を持っているわけですね。
その花束を相手にどう届けるか。
相手に届けるためにはさっき言いましたように
話題性があるとか身近であるとか誰でも知っている
有名な話とかが欲しいんですね。


by sakyamuni | 2018-07-23 12:00 | 顕正 | Comments(0)

若者は面接試験が苦手です。
会話できません。
企業が欲しいのはコミニケーション能力がある人です。
会話ができないのは、話したい事を持たないという原因もあります。

仏教には無上の妙法が説かれています。
しかも、話し方もわかります。
仏法者でよかったですね。

仏教を伝える時、ポイントは3つあります。

1.言いたいことは何か。

まず、何が言いたいかスッキリしていることです。
今苦しくてもなぜ生きてゆかにゃならんのか。
どうしたら幸せになれるのか
幸せ」とか、存在意義とか聞きなれない。
あなたの立場にたって、あんたのハートに火をつけるのが大切です。
一言で何ですかーっと話をするのが大切です。

2.どういう展開か明快か

中途半端支離滅裂はだめです。
スカーッとメリハリをつけます。

接続語や語尾が大事です。
中途半端、メリット親しみだけど
相手の心の中で確かにその通りだな、
とぎくッとします。

そういう言葉ないと上滑りします。
話は分かるけどいいです、自分で考えますとなります。
聞いてる人の問題にならないといけません。

親子の無理心中どうして細かく言うかというと、
あなたはどうでしたか?
似たような経験はほとんどの人です。
おまえもか
幸せわかんないなるほどその通り
相手の胸の中に入れます。

接続語それでどういえば、そこで、一方、順接たくさんあります。

最悪は、だけどね、ばっとマン、とはいえ、
だよねーところでワープ力。

3.最後は一対一の心と心の距離です。
反対されるのが当然です。

やたらと断言するのは愚の骨頂です。
必ず反対されます。
といわれるという人もあるみたいらしいなのだって
最初はこういう言葉が最後です。

by sakyamuni | 2018-07-20 12:00 | 顕正 | Comments(0)

仏教を伝えることは、私達には今までにない、
素晴らしいご縁ですね。

だけど、
「負けない、逃げない、諦めない」
ということを忘れて。
「負けました、逃げました、諦めましたー。
 顔も見たくないー、内臓に穴開いちゃいました」
どちらも不幸です。

そういうのを乗り越えて苦労を求めていくと
善い種蒔けば善い結果が帰ってきます。

後輩ができると、10人後輩もつ。
そういうのを「お預かりする」という。
どなたから??

阿弥陀如来からお預かりする。
この人のご縁。
手継の、という言葉があります。
その人の手を持って、その人を極楽浄土までお連れします。
その人のご縁、親になった気持ち
どうすればよいか、色々考えます。

子育てならたまごクラブを読んで悩みます。
仏教を伝えるのはたまごクラブもない、色々と悩みます。
踏みつけたくなります。
そこをどうしたらどうしたらと悩むのが自利利他です。
仏教を伝えるのは、自利利他の素晴らしいご縁です。
そういうことをよく知っていてもたらいたい。


by sakyamuni | 2018-07-09 18:00 | 顕正 | Comments(0)

親鸞聖人は、
是非知らず邪正もわかぬこの身なり
といわれています。

さらに親鸞聖人のお言葉をお弟子が書き残した歎異抄には、
の二つ総じてもって存知せざるなり
とおっしゃっています。

是非もも知らない姿は、
阿弥陀如来の光明に照らし出された実機です。
これが私たちの本当の姿ですよというのが正、
私は正しいこと知っているといっているのが邪です。

そして何も分かっていない自分がすくわれたのは
弥陀の本願あってこそです。
これが正です。
自分で幸せになれるというのが邪です。

正は、そういう実機のを救うという阿弥陀仏の本願です。

これを明らかにするのが仏弟子の使命です。

こういう真実を叫ぶと非難が起きるといわれていますが、
その通りみんな自分が正しいと思っているから非難が起きます。

仏法を伝えようとしたら家族に反対された
一度聞いてみてといったら金集めだといわれた

そのときは根競べです。
いつまで仏教を聞けるか、
仏教を聞くのは、阿弥陀如来のお力によるものですから、
必ず向こうは負ける勝敗は明らかです。
向こうはくたくたになる
しばらくの間のことです。

阿弥陀如来のご念力に勝てるものはありません。
あきらめきれんと諦める
阿弥陀如来の根気に勝てる人いない

悪口受けたくなければ破邪顕正しなければいいのだ
ともいわれた。
非難攻撃の中さけばれたのが親鸞聖人です。


by sakyamuni | 2018-06-17 12:00 | 顕正 | Comments(0)

仏法者のすべきこと

ブッダは遺言に
「破邪顕正せざるものは仏弟子にあらず」
といわれています。

破邪顕正とは、邪を破り、正をあきらかにする
ということです。

ですが、破邪顕正しようにも何が邪、正かを知らなければなりません。
あいまいなら気が起きないですし、できません。

まず、何がで、何がすべきことなのでしょうか?
あの人は万引きした、
殺人した、あの人のアリバイがある。
これは仏法者の仕事ではありません。

うちの妻は浮気しているのか。
していないか。
スキャンダルを問題にして仰ぐのがマスコミです。
仏法者がすることではありません。

「我必ずしも聖にあらず、彼必ずしも愚にあらず、ともにこれ凡夫のみ」
といわれています。
他人をみてあの人間違っているということできません。

ではここで邪とは何か、
邪正とは何かといいますと、
これは世間事ではありません。

真実の仏法をねじ曲げるものが邪で、
真実の仏法が正です。

真実の仏法には、
本当の生きる意味が教えられていますから、
本当の生きる意味を伝えましょう
ということです。



by sakyamuni | 2018-06-15 13:00 | 顕正 | Comments(0)

自分がすばらしい教えにあわせていただいたとなれば、
自分一人だけで聞かせて頂いてはあまりにももったいない、
それで、縁のある人にお伝えせずにはおれなくなります。

自分が幸せになったら、
人も幸せにせずにおれなくなります。

法を施さずにはおれなくなります。
これは布施の中でも法施です。

言葉をかえれば
顕正せずにはおれなくなります。

一人でも多くの人に仏教をお伝えしたい。
生んでくれた両親、昔の友人、
あの人にもこの人にも、
という気持ちになります。

たまたま、そば屋に入って、
そのそばが今まで食べたことのないような
美味しいそばをたべたら、黙ってはおれなくなります。

「あそこのそばは美味しいよ」
無口な人でもいわずにおれなくなります。

本当に美味しいと思ったら、
人に伝えずにおれなくなります。
顔中口にして言わずにおれなくなります。

家族に反対を受けるから言わないほうがいいと思っても、
本心は言わずにおれないのです。

私たちも仏教の教えを聞かせ頂いて、
聞かせていただいた喜びがあったならば、
人に伝えずにおれなくなります。


by sakyamuni | 2018-04-20 12:00 | 顕正 | Comments(0)