宗教を2つに分類する

宗教を二つに分類する
1つ目は現世利益の宗教
2つ目は死んだら救われる宗教です。

1つ目の現世利益というのは、
これを信じたら病気が治る、金儲け、(風水、石握れ、蛇革の財布入れて
る金より財布の方が高くて二年ごとに買い換えるとか)、性格、空飛ぶ
くそ真面目に検討したら抱腹絶倒ものなのが一杯あります。
PL教とか、天理教
日本には数え切れないほどあります。

99%はこれで消滅します。

以前、北海道にフェリーで行くことになりました。

2等船室、団体でごろ寝している人たちがいました。
見ると天理教です。
全然寝れません。

昼に向こうで天理教のおばさんが食事、うっといいながら苦しみ始めました。
お婆ちゃん死んじまう、、やばいと思っていたら
そこのおじいさん
「たすけたまえーてんりんのみこと」
と踊り始めます。

踊っていてはだめじゃー!!血の気が引きました。
恐ろしい、おぞましい、忘れられません。

たとえ千歩ゆずって病気が治ったとしても、
そんなことありえないけど、
そんな病気、金、続きはしません。
一時的な安心、死ぬまで求道です。

もう一つは、死んだらお助けの宗教です。

アルマゲドンの映画ハルマゲドンの事
死んだら何とかなる。
もっともっと信仰しなさい
「貢物がたりんぞー」
「田畑うって」きりがない

「不吉なそうが出ております」
おまえの方がよっぽど不吉

死んだらの代表はキリスト教GoGoHeavenスピード

死んだらほにゃらら。
ということは、死ぬまでハッキリしないということ。
死んでみなければハッキリしない

1つ目は、続かない、一時的です。
2つ目は、死んでみにゃわからん

両方とも死ぬまで求道です。

逆に言うとそうでないものを知る人がないのですが、
生きているときに絶対の幸福になれるのが仏教です。



by sakyamuni | 2018-10-24 12:00 | 宗教 | Comments(0)

浄土真宗の異端である土蔵秘事には、
幾つか特徴があります。

「信心決定した人しか導けない」
ということが彼らの中にはあるんです。

信心決定していない人が導けるはずがない、と言います。
しかし、私達は「教え」によって救われるのです。

獲信した人に導かれるのではなく、
阿弥陀如来のお力で進ませて頂くのであり、
阿弥陀如来のみ声を聞いて救われます。
彼らは、邪教の教祖のように考えているんです。

だから獲信した人のことを知りたがります。
台所で鍋を洗っていた。
コゲがなかなかとれない。
わしの心もこのコゲのようなものだ。
そう思ったときに助かったと聞けば、鍋を洗う。
それなら教行信証にもコゲを落せと書かれてるはずです。
サル真似をしたがる。

三願転入は親鸞聖人の生々しい信仰体験の告白だと言われます。
告白、と聞くといろいろとドラマがかかれているのかと思いますが、
あれはそうではないですね。

なぜか。
あれは、全人類共通の体験だからです。


by sakyamuni | 2018-07-19 12:00 | 宗教 | Comments(0)

神が生まれた原因

」というものは、なぜ生まれたのでしょうか?

といっても2つあります。
一つには山川草木の自然や、死んだ人間や畜生です。
二つ目は人間が勝手に構想し、でっち上げたです。

まず、山川草木や畜生・人間の神が、なぜ生まれたのか。
人間が地上に生息した時、2つの脅威がありました。
一つ目が天災・地変などの自然現象、
もう一つは猛獣などの脅威です。

猛獣は、個人よりも集団の力のほうがより強力だから、
武器などを考案して克服することができました。

だけれど、もう一方の脅威は天災地変はまったくお手上げです。
雷が落ちて死んでしまいます。
いろんな天変地異で幸せが壊れてしまいました。
古代未開人はこれを「神」としました。

だけど、人知が進むにつれて、
自然現象を起こす力を神としました。
さらに人知が進むにつれて人格化しました。
なぜでしょうか。

この自然現象を神としたのは、
人力でどうすることもできなかったからです。

幸せになりたいと思いながら、
どうすることもできなかったのです。

私たちの意志を踏みにじるのは、
同じように意思ある者の行動ではないか。
こう考えて、神とし、人格化したということです。

幸せをどうすることもできなかったから
そうでもしないと、
どうしたら幸せを手に入れることができるか、
幸せになる方法が分からなかったのです。


by sakyamuni | 2018-04-13 12:00 | 宗教 | Comments(0)

発生源

親鸞聖人は
「詮ずる所、愚身が信心におきてはかくの如し」
絶対に変わらない、弘誓の仏地にたっておられる。
それが、他力の信心、真実の信心、正しい信心。
だからその信心を明らかにされたものを「正信偈」といわれる。
「あなた、この親鸞と同じ正しい信心になってください」

これが正しい信心だが、ところが、
そんな真実の信心を知らないが故に、
間違った信心にはまってしまう人がいる。
一体なぜ変な宗教にはまってしまうのか。

難度海からの救出の叫びは充満している。
薬物や秘儀、物理的、人工的に、てっとり早く助かろうとするあせりが、
外道、邪教、異安心の発生源であることを、
オウムなど新興宗教の事件は露出したと言える。
親鸞聖人の徹底砕破されたこと、無論である。

外道や邪教や異安心はどこから生まれてくるのかというと、
何かにすがりつきたい、
それが難度海からの救出の叫び。
なにか人工的に安らぎを得ようとする。
オウムのイニシエーションというのがあったね。
結局、薬物や秘儀なんかで助かろうとする。
手っ取り早く、なにかにすがって助かろうとする
あせりが外道や異安心の発生源。
それは親鸞聖人徹底砕破された。

by sakyamuni | 2017-10-30 12:00 | 宗教 | Comments(0)