カテゴリ:因果の道理( 39 )

八正道の8つの関係

仏教では、さとりに向かう行いを8つにまとめて
八正道が教えられています。

八正道とは、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定の八つです。

正見とは、正しい見方をする事。
正思惟とは、思惟とは考え方という事で、正しく物事を考えるという事。
正語とは、正しい言葉使い。
相手の立場に立って言葉を使う。
正業とは、業とは行為という事で、善い行為。
正命の命とは、生活という事で、時間・食事・仕事などの事。
正命とは、正しい生活。
正精進とは、正しい努力。
人生の目的、究極的には仏のさとりに向かっての努力。
正念の念とは、信心と言うこと。
信念とは、必ずやるぞーという思い。
正念とは、正しい信念。
正定とは、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念の七つをまとめてやるということ。

図にするとこうなります。
八正道

(1)正見
(2)正思惟
(3)正語
(4)正業
行い
(5)正命
生活—時間
食事
授業
——
——
(6)正精進
(7)正念
(8)正定

私達は、をやってさとりを得られ、人生の目的を果たせるわけではないが、
善い事やるのは非常に大切である。
善い事をやっていかなければ、ダラダラとした生活・人間になってしまう。
人生の目的に向かって進みません。

肉体があるままで本当の幸せになれる、仏のさとりを得られるというのが、有漏涅槃
聖道仏教では、もともと私達は仏性があると言われ、
その仏性のまわりには煩悩があると言われている。

その煩悩に包まれた仏性を修行で磨きあげて、
仏のさとりを得ようとするのが、聖道仏教の教えである。

浄土仏教では、苦諦は後生の一大事、集諦は後生暗い心・心の闇、
滅諦は無碍の一道・信心決定、道諦は阿弥陀仏の本願・聴聞と言われる。


by sakyamuni | 2018-12-31 12:00 | 因果の道理 | Comments(0)

世の中には、原因と結果の法則というものがありますが、
もとは仏教です。

どんなものかというと、仏教の根幹は因果の道理です。
仏教の因果をくわしく言えば、因、縁、果のことです。

それぞれどんなことかといいますと
因とは果に対して直接原因をいい、
縁とは、その間接的原因、
すなわち因が果になるのを助けるものを指します。
果とは、もちろんそれらの因と縁によって結実したものをいいます。

一切のものは必ずそうならしめた原因があってできたもので、
固有の存在や偶然のでき事などでできたものは
絶対にないとするのです。

所謂、まかぬタネは生えぬで、
原因なしの結果等はあり得るはずがありません。

因に縁が和合して結果を生じます。
これを因縁和合といいます。

お米はモミダネを因としてできるが畳の上に蒔いては
いつまで経っても米という果にはなりません。

モミダネを米という果にするには
土壌や水分や日光も必要だろうし、
空気等の助けによってようやく米になるのです。

この場合モミ種は米の果を造る因であり
土壌や水分や日光、雨、露等はモミダネを助けた縁です。

一切のものは、みなこの因縁果の道理に順って成立し、存在し、変化する
仏教で教えられます。

これによって引き寄せの法則なども生み出されているのです。



by sakyamuni | 2018-12-27 13:00 | 因果の道理 | Comments(0)

今がわかれば過去世に戻らなくても
今の姿が判れば過去世のことがわかります。
因果応報だからです。

過去世に戻らなくても、タイムマシンがなくても、
そんなものないけど、
今の姿がわかれば過去世のことがわかります。

自分の過去のたねまきが、
自分の現在の運命を生みだしたからです。

今の姿がハッキリすればハッキリします。
だから仏教の出発点は自己自身を知ることです。

短い言葉ですが大変な御心が込められています。
だから親鸞聖人の教えは現在の教え。
三世は一念におさまります。
信の一念で、心の闇が破れて大安心大満足の絶対の幸福になれます。

常に親鸞聖人の教えは現在を明らかにする、
現在の教えです。
三世因果が仏教の根本です。

平生業成、現生不退、不体失往生が親鸞聖人の教えです。
実に仏教の根幹である因果の道理をもとにして、
親鸞聖人は三世因果を根幹に置かれて
私たちに本当の仏教を明らかにされています。


by sakyamuni | 2018-09-16 12:00 | 因果の道理 | Comments(0)

過去も未来も現在に収まっているいるという
『三世因果』を説かれた
ブッダのお言葉と根拠は何か。

汝ら、過去の因を知らんと欲すれば現在の果を見よ。
未来の果を知らんと欲すれば現在の因を見よ。(因果経)

因果経というお経が一切経にありますが、こういうお言葉があります。
「汝ら」のとは、あなたに対してということです。

お前達よ、過去の因を知りたければ、
欲するとは求めると言うことですから、知ろうと欲する。
過去の原因を知りたければ現在の結果を見よ、

現在の結果を見れば判るんだ。
現在の中に過去の一切が収まっている。
現在は結果ですから、現在の結果があるから過去に原因があるからです。
また、未来の結果、自分未来どういう結果を受けるか知りたければ、
現在の因を見よ。

未来どうなるか知りたければ
現在自分がどういうことを言ったりやったりしているか。
現在が判れば過去も未来も全部判るんだ。

仏教で、因果応報といわれるのは、
過去、現在、未来の三世を貫くのです。



by sakyamuni | 2018-09-14 12:00 | 因果の道理 | Comments(0)

表業と無表業

どうして私たちのカルマ運命を引き起こすのか、
もたらすのか。
それは、心と口と身体の3つで業をつくるからだ
とこういう風に仏教では教えます。
これを三業といいます。

三業とは身業、口業、意業の3つです。
この三業をまた、こういう風に分けて教えられます。

身業は表業と無表業に分けられる。
口業も二つに分けられます。
表業と無表業。

意業の場合は無表業だけです。
表に見えませんから。
五つに分けることができます。

まず身業は、表業・無表業と教えられますが
私たちが身体でやった行いは、表に現れます。

人を殴る蹴るとか。
でもその時だけであって時間が経てば忘れることがあるし、
周りの人も忘れることがありますが、
やった行いは絶対に消えることはありません。

表業はすぐさま無表業力となって阿頼耶識に納まるんです。
目に見えない業力として阿頼耶識にすぐさま納まるんです。
だから自分忘れていても絶対に消えません。

原因と結果の法則のようにやがて必ず運命となって表れます。

by sakyamuni | 2018-08-04 12:00 | 因果の道理 | Comments(0)

仏教では、迷いを離れて幸せになる原因と結果が教えられています。
これを四聖諦といいます。
4つの真理す。

苦しみ迷いの原因と結果、
本当の幸せの原因と結果
で4つです。

非常に論理的ですね。
誰でも納得できる。
苦しみから幸せへの

病気でもそうです。
病人が病で苦しんでいる。
それを診た医者は診察する。
何が原因か。

原因を間違ったら除去することはできません。
原因をまず見極め、診察した後に治療を施す。
そして病気が全快する。

非常に論理的な教え方ですね。
誰でも納得すると思いますよ。

by sakyamuni | 2018-08-02 12:00 | 因果の道理 | Comments(0)

仏教では、「一切法は因縁生なり」(大乗入楞伽経)
と教えられています。
一切法とは、万物のことです。
万物は、因と縁がそろって生じているということです。
ということは、万物は成住壊空しています。

私もそうですし、大宇宙も地球も全部が成住壊空しています。

これも聞く人が聞けば感動すると思います。
成住壊空。
でき上がって、暫く、その状態が止まっています。
しかしやがて壊れ、空の状態。
エネルギーの状態。

そしてまたでき上がる。
始めのない始めから終わりのない終わりへと
果てしなく繰り返されるのが一切のものです。

太陽でも今から50億年前にできたのですか、
地球もでき上がって暫くありますが、やがて地球も壊れる。
空になる。
バラバラになる。
しかしまた空から成になって住、壊、空と。

恋愛で分かりやすくいうと、憧れの彼女、彼氏と付き合うことができた。
ルンルン気分でしばらくはおれますが、しかし100%崩壊する。
壊れます。

心はころころですから。
無常ですから、やがて秋が来ます。
そして別れる。
そしてまた求める。
別の彼女ができ、また別れ、別の人と。
結婚して離婚し
て結婚して離婚してという人がある。
一切は成住壊空です。
一切は変わらない実体はありません。

『般若心経』に説かれる
色即是空空即是色」というのは、
空というのは、変わらない実体はないということです。
色というのは物質のことです。
すべてのものに変わらない実体はないということです。



by sakyamuni | 2018-08-01 13:00 | 因果の道理 | Comments(0)

有名な天台宗を開いた智者、
世間では智者大師と讃えられています。
30歳で南京というところで仏教学者を前に講義をしました。

30歳で仏教学者を前に講義したといわれます。
頭が非常によい。
親鸞聖人も、教行信証に頭の良いことに関しては認めておられますね。

抜群の頭脳で天台宗を開いた天台でしたが、
弟子の智ろうが臨終に
先生はどこまでさとりの位を登られましたかと聞いたところ、
『私はもしお前達の指導に時間を使わずに
自分の修行だけに打ち込んでいたら六根清浄位まで上れただろうけど、
利他のための時間を使って、利他のために己を損して、五品弟子位だ』
愚痴をこぼしています。

五品弟子位は、さとりは、十信の下です。
これは準備段階です。
十信に入らないくらいを五品弟子位といいます。
一生涯結婚もせず、血みどろの修行をして準備段階。

天台宗を開いたあれだけの人物が準備段階で終わった。
一段上るだけでも血みどろの修行
今日1段も登る人はありません。

by sakyamuni | 2018-07-12 12:00 | 因果の道理 | Comments(0)

絶対の幸福に導くために

阿弥陀如来は48の本願を建てられましたが、
18番目に建てられた18願に
すべての人を必ず絶対の幸福に助けるとお約束されました。

その絶対の幸福にに導く為に阿弥陀如来が19番目に建てられた
19願は修諸功徳の願といわれます。

修諸功徳とは、善いことをやりなさいよ、ということです。
をやりなさい、ということははやりなさいということではありません。
右に行きなさいよ、左に行っては行けない、
善いことをやる、と教えていただけます。

廃悪修善という、因果応報から出てくる教えが出てきます。

「じゃあ、どういうことをやればいいのですか?」
ハッキリしない。
今もイマイチ分からない、ということがありますが、
仏教では六波羅蜜を教えられています。

六波羅蜜に教えられる6つの中でも、
特に最初の布施で、
仏教を伝える以上のはありません。
最高のです。
何すればいいのですか?
という悩みはなくなります。

by sakyamuni | 2018-07-08 20:00 | 因果の道理 | Comments(0)

泥棒の報いと呪い

あるところに、泥棒が入りました。
ところが、その泥棒が入ったところには空手5段の主人がいました。

返り討ちにあって、骨を折られました。
ところが盗んだのは1000円。

「金は返すよ。でも骨折った慰謝料を払え」
という言い分をいっても、
成り立ちません。

正当防衛ですし、
仏教では因果応報といって、
泥棒した報いです。

現代では引き寄せの法則で、
楽して儲けようという愚かな思いが、
骨折を引き寄せたのです。

そう思いますとね、私達が
「あん畜生
という怨み呪いの心も同じです。
自分の思いが、不幸や災難を引き寄せているのです。

なぜやめぬ 怨み呪えば 身の破滅

という言葉があります。

怨み呪いというのは、愚痴の心ですが、
いかに愚痴の心がばかげたことかわかります。




by sakyamuni | 2018-06-27 18:00 | 因果の道理 | Comments(0)