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カテゴリ:無常( 42 )

突然末期癌になりました

大学の医学部では、死生観について普通に授業があります。
大学の教科書の中に
「事例を通して全人的ケアを考える」
というものがあります。

医学の世界では全人的という言葉をよく使います。

大学生の若さで体中にガンができた人の事例がでています。
予後的には3~6ヶ月。
つまり余命3〜6カ月。
こういうことがあります。

他人事ではありません。
生まれたら死ぬんですよ、
という一休の話がありますが、
笑ってられるものではありません。

ひそかにガンが進行しているかもしれません。
キューブラー=ロスは、死にゆく人の5段階のモデルを発表しました。

俳優の今井雅之は最初は余命1日と言われたそうです。

50代で突然、末期がんですが、それまで無自覚です。
50代でも大変ですが、20歳でというのも大変です。

他人事のように考えていてはいけません。
いつ死がやってくるかは分からないのです。

その時のためにも、死生観は、すべての人にとって大切です。






by sakyamuni | 2019-10-17 18:00 | 無常 | Comments(0)

1万人の死にゆく人に寄り添って、死の受容を説いた
キューブラー・ロスは
晩年に、
「お茶さえ入れられない毎日がどこが楽しいか」
「楽しいことなんて何もない」
とインタビューで言っていました。

これがさらに死んで行かなければならないとなったら
もっと苦しくなります。

今までは、愛が大事だと死んで行く人に教えていたのに、
今度自分が死んで行く番になったら
愛など聞きたくないと、
更にインタビューで、今までの自分の業績を全否定しています。

それは、これまでを言ってたくさんの人を騙していたのではありません。
死に直面すると人生観が変わるのです。

キューブラー・ロスはそのことを
人生かけて教えてくれたといっても
言いすぎではないのではないかと思います。

それほど死というのは人生最大の問題なのですが、
それは100%直面する未来です。

その死の問題の解決が仏教に明らかにされています。

諸行無常ですから、死はいつ訪れるか分かりません。
少しでも早く仏教を聞かなければなりません。


by sakyamuni | 2019-10-10 12:00 | 無常 | Comments(0)

以前、キューブラー・ロスという人について書いた新聞記事がありました。
平成9年の京都新聞です。

それは、東大教授の心理学者として日本で一番有名な河合隼雄さんの
「平成おとぎ話」というコラムです。
この人の書いた本は何十冊と書店にあります。

キューブラー・ロスというのは
エリザベス・キューブラー・ロスといって、
一世を風靡した大変有名な人です。

1万人の死んで行く人たちに寄り添った精神科医です。
亡くなる人は、人生をかけて頑張ってきたことが
何の役にも立たないと後悔する人が多いので、
キューブラーロスは、愛なら崩れないのではないかと思いました。

愛の宗教といわれるキリスト教的な思想です。

お金や財産、地位や名誉は、死んで行くときに役立たないので、
幸せは崩れてしまいますが、
は崩れないはずと思っていました。

そして、死んで行く人たちに、
お金や財産では、後悔しないというものはありませんよ。
しかし最後も最後まで家族の愛に生きた、愛に包まれた人は
幸せに死んでいけるんじゃないか、
死んでいったんじゃないか
と思っていました。

そのとおりにいったかどうかが、河合隼雄さんの記事に書いてあります。

|キューブラー・ロスといえば日本人でも知っている人が多いだろう
|不治の病で死んでゆく人の傍らに付き添って、だじろがずにその話に
|耳を傾けることをはじめ、「臨死体験」について多くの発表をした人
|である。著書も多く訳され日本の読者も多い。私も二度対談しその
|素晴らしい人柄に感心した。
|彼女は今(H9)、何回も脳卒中に襲われて入院中であり。
|彼女に対してドイツの新聞シュピーゲルがインタビューを
|行い発表した記事を、ノンフィクション作家の柳田国男さん
|より送っていただいた。これについては、いつか柳田さんと
|ゆっくりと話をしたいとおもっているのだが・・・
|全体として暗いトーンであり、孤独で・・・・・
|死んでいく自分を受容することは実に難しい。
|それには真実の愛が必要だが自分にはそれがない。
|インタビューアはあなたは長い間精神分析を受けたので
|それが役立っただろうにというと
|精神分析は時間と金の無駄であった。
|とにべもない返答。
|この人は精神分析に40年人生をかけた。それが無駄であった。
|自分の仕事?名声?沢山届けられるファンレター?
|今、何も出来ずにいる自分など一銭の価値もない、というのだ。
|これを読みながら私の心はだんだん沈んでいった。
|キューブラ・ロスほどの人が、と思う。
|この頃は自分の老いや死について考える事が多いので、
|死を迎えることの困難さに思い至らざるを得ない。

河合さんはキューブラー・ロスを尊敬していた人なのでその人が
死を目の前にして後悔しないように導いていた人が生涯やったことは
時間と金のムダだったといっているから
衝撃を受けました。

実際、NHKがインタビューした映像が以下の中にあります、



by sakyamuni | 2019-10-07 12:00 | 無常 | Comments(0)

いろは歌を書くとどうなりますか?

色は匂えど散りぬるを
我が世誰ぞ常ならむ

以前、この2行について詳しく明らかにしました。
一言で言うとこの世は無常だということです。
どんな満開の桜であっても一晩で散っていく。
どんな権勢を誇った人も滅びていきます。

この最初の2行は世の無常を表されています。
無常といっても一番の無常は死なねばならんということです。

それが二行目の、「我が世誰ぞ常ならむ」です。
この世で誰が永遠に生きられるだろうか、
生まれたら必ず死なねばならない、ということです。
これ以上の無常はありません。

確かに他にも無常ばかりです。
「いやー花買ってきたのにもう枯れていました。
一番綺麗なのかってくればよかった。無常だな」

「シワが出てきた。白髪が一本みつかった。無常だな」
これらも無常ですが、一番は死です。

死を目の前にしたとき人はどうなるか、その一番露わに後悔していった人で、
その代表といってもいいすぎでない人が、
キューブラー・ロスという人です。

NHKの番組でどんなことをいったかは、
このユーチューブに出ています。



あれだけの死の専門家といったひとでさえ死を目の前にして後悔しています。
そのような大問題なので、何らかの対処が必要です。
その死の問題の対処について、仏教に教えられています。



by sakyamuni | 2019-09-23 12:00 | 無常 | Comments(0)

昔、NHKで浄土憧憬という番組がありました。

「憧景」とは憧れということです。

始まりから、いいなと思いました。
いつの頃からだろうか……

これは死についての番組だったのですが、
どうやったら楽しく生きられるか
生を考えればい考えると暗くなるという人がいます。

そして、嫌々、会社に行っています。
当時はスマホもありません。
新聞も読む気もありません。
そんなはずでは、なかったと
幸せを求めて生きています。

現代人は、死から遠ざけられ、
死を見つめなくなった時に生が暗くなりました。

死について、考えている人が暗いのではなく、
死が遠ざけられて生が暗くなったとNHKの番組で言っています。

中世の時代がどうであったでしょうか?
吉田兼好の徒然草では、死は後ろから迫っていると言います。

北海道で地震が起きたり、
色々なところで地震や津波などの災害が起きます。

どんな生き方をしていても、死の手の内にあります。
死という手のひらで、もてあそばれているようなもの。

無常だということを、悟ろうとした。

皆、死を考えずに、楽しめると思っています。

では、死を忘れて生きている人は、楽しんでいるでしょうか?

大学生の時は仕送りもらってのんびりしています。
しかし、そのお金を稼がなければならない社会人はくたくたです。

明るく楽しい人生を送りたかったら、死を見つめなければならないのです。
そして、死の問題を解決する方法が、仏教に明らかにされています。



by sakyamuni | 2019-09-20 13:00 | 無常 | Comments(0)

いろは歌の前半はこういう歌です。
色は匂えど散りぬるを我が世誰ぞ常ならむ

これは、現実を教えられたものです。
現実とは何かというと、一切は続かないということです。
仏教の言葉でいうと、諸行無常ということです。
これは、仏教だけに明らかにされた、仏教が真理であるあかし、三法印の一つです。
諸行無常は現実ですので、これを否定することはできません。

いろは歌にも出てくるほど、日本人の考え方の中心的なものになっています。
これは日本人の無常観です。
倫理の教科書にもあります。
いかに無常観が日本人に深く浸透していたかが分かります。

しかもすべてが続かない中でも、最大の問題は、自分の命が続かないということです。
これは、自分がやがて必ず死ぬということです。

こう言うと、現実だとは思うけど、いつ死ぬか分からない、とか言っていたら暗くなるでしょう。
どうせ死ぬなら、明るく生きましょう、と思います。

知っているんだけど忘れるようにしようと思います。

それで本当に知っているといえるのでしょうろうか?

この人生最大の問題が、本当に自分のこととして分かっていたら、
忘れることできないはずです。

例えばあと1カ月の命と余命宣告を受ければ、
忘れられないはずです。

忘れないように、考えないようにできるのは、
その恐ろしさが分かっていないからです。

その無常という現実を直視して、はじめて
変わらない、本当の幸せに向かって歩み始めることができるのです。



by sakyamuni | 2019-09-03 12:00 | 無常 | Comments(0)

いろは歌という有名な歌があります。

そのいろは歌の最初の二行を漢字を交えて書くと、
こうなります。

色は匂えど散りぬるを
我が世誰ぞ常ならむ

「色は匂えど散りぬるを」
とは、桜の花は今を盛りと咲くけれど、
あっという間に散ってしまう
ということです。

昔から
三日見ぬ間の桜かな
 といわれます。
またこうも歌われます。

散る桜残る桜も散る桜

これは雨が降ったり風がふいて散る桜もあるがまだ散ってない桜もある。
しかしそれもそのときは、残っただけで
すぐに必ず散っていくということです。
遅いか早いかの違いだけで最後は散っていかねばならない桜。

ですから桜=儚いものの代名詞となっています。

では桜の花だけがちっていくのかとうとそうではありませんよと、次に
「我が世誰ぞ常ならむ」
と言われています。

私たちの世の中に、何が常があるだろうか。
常=ずっと変わらず続く。
この世で何かずっと変わらず続くものがあるだろうか、
いや、ないんですよといわれている。
これを昔から諸行無常といわれます。

そして、その中でも最も激しい無常は自分自身の無常です。
自分自身の無常とは、光陰矢の如しと言われるように、
人の一生はあっという間で、
最後必ず死んで行くことです。

その解決が教えられた仏教の言葉を
いろは歌にあらわされているのです。



by sakyamuni | 2019-05-30 12:00 | 無常 | Comments(0)

臨終の後悔の大きさは?

仏とも法とも知らない人が、今まで求めてきたものすべてが崩れ去って、
臨終思う事です。
生れたからには死んでいきますからね。
仏教を聞いていなくたって、必ず後悔して死んでいくんです。
このような有名な人たちも、後悔しています。



煩悩抱えて、を造り続けている私たちですから、仏法聞いてなくても、必ず後悔します。

でも、問題は仏法聞いてる私たちですよ。
平生達者なときに仏縁あって、後生の一大事を重ねて重ねて教えていただいて、
それにはこういう道を進みなさいと、手取り足取り教えていただいている私たちが、
臨終にする後悔です。

あい難い善知識にお会いして、後生の一大事重ねて重ねて聞かせて頂いて、
その解決にはどうしたら良いかも懇切丁寧に教えていただいている私達と。
その解決できずじまいで、無間のどん底へ落ちていかねばならないとなった時、
その後悔の念、どっちがひどいと思います?

私たちですよ。

後生の一大事さえ解決すれば、
人間に生まれてよかったという
絶対の幸福になれますから、
その解決法を教えられた仏教を、
そこまで聞き抜かなければなりません。


by sakyamuni | 2019-03-27 12:00 | 無常 | Comments(0)

私たちは、元気なときに、恋愛をしたり、仕事をしたり、子供を育てたり、
なるべくバランス良く、色々なことを求めていこうとしています。

ところが、人生はあっという間に過ぎていって、最後には
今までで血眼になって求めてきたものが、夢幻となって消えていきます。
邯鄲の夢のようなものです。

日本でも成功者の代表のようにいわれるのが豊臣秀吉です。
百姓から、天下人になりました。
仕事でも結果を出して、金の茶室のような趣味も楽しんで、
子供もいました。

ところが、臨終に歌ったのはこんな歌でした。

『露と落ち、露と消えにし我が身かな、難波のことも、夢の又夢』

今まで色々とやってきたことは、露のようなはかないものばかりだった
ということです。

難波というのは大阪のことですので、
大阪城を中心に栄養と栄華を築いたことは、
ということは、夢のようなものだったと
寂しい辞世を詠っています。

秀吉だけでないですよ、これは。
私もそうなんです。

今死んでいかなならんとなったとき、
今まで求めてきたものはなんだったのかと、
夢幻と来えていくんです。

そして、今まで夢幻としか思えなかった
後生の一大事が目の前に迫ってくるんです。

その後生の一大事を、元気なときに解決すれば、
変わらない絶対の幸福になれるのです。

それが、本当の生きる意味だと
仏教では教えられています。



by sakyamuni | 2019-03-23 18:00 | 無常 | Comments(0)

独生独死独去独来

みんな寂しい
だから分かってもらいたい。
それでいろんなことをやる。
誰かに自分の悩みを打ち明けたい。
そしてガシッつかんでもらいたい。

自分のすべてをさらけ出して
「それでもキミを愛してる」
と言って寄り添ってくれる人。

これが「理想の男性・女性」です。
私は非常に気を遣うタイプでした。
だからいろいろ気になるんだね。
自分の周りの人がどう感じてるだろうって。
それでついつい、盛り上げなくちゃ、と頑張ります。
しゃべりたい時はしゃべれるんだけど、
自分のしゃべりたくない時はしゃべらないで隣で編物しててくれます。
サービス精神出さずに寄り添える人を求めてたね。
心をさらけ出せる人がいない。
また、どんな人にもさらけ出せないもの持っています。

三木清だったか、
孤独は山の中にない。町の中にある」
といっています。

山の中の孤独は、町にいけば、と思える。
しかし、町で孤独を感じると、どこに行ったらいいんだろう。
1人でいる孤独より、2人でいる孤独の方が寂しい
不倫ってここからくるはず。
主人は何も分かってくれない。
だけどあなたは分かってくれる。

独生独死独去独来
と説かれています。

独り生まれ独り死ぬ。
生まれてから死ぬまでひとりぼっちなのです。



by sakyamuni | 2018-08-31 12:00 | 無常 | Comments(0)