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本当の生きる意味を見つけた喜び

本当の生きる意味を果たされた、
蓮如上人の慶喜のお言葉があります。
信心決定の喜びです。

古歌にいわく、
「うれしさを昔はそでにつつみけり、こよいは身にも余りぬるかな」。
「嬉しさを昔は袖に包む」といえる意は、昔は雑行・正行の分別もなく、
「念仏だにも申せば往生する」とばかり思いつるこころなり。
「今宵は身にも余る」といえるは、正雑の分別を聞きわけ、
一向一心になりて信心決定の上に、仏恩報尽の為に念仏申すこころは、おおきに各別なり。
かるがゆえに、身の置きどころもなく、躍り上るほどに思うあいだ、
よろこびは身にも嬉しさが余りぬると言えるこころなり。
(御文章1帖目1通:或人いわく)

むかしは」というのは信心決定するまではということです。
信心決定する前もいろいろな喜びがありますが、それは袖に包むほどの喜びだ。
だから小さな喜びということ。

今宵は」というのは信心決定した後。
今宵は身にも余る喜び。
これは大きい。
美味しいことを表現するときに、ほっぺたが落ちるという。
身に余る喜び。
全身からあふれ出る喜び。
それを蓮如上人は解説されている。
嬉しくて身の置き所もない、躍り上がるほどに思う。

これを「身の毛いよだつ」とも表現されている。
恐怖のあまり身の毛が逆立つことはある。
嬉しくて身の毛いよだつことはないこと。
ところがここでは信心決定すると歓喜踊躍し身の毛いよだつといわれている。
そういう喜びなんですよ。



by sakyamuni | 2020-07-17 12:00 | 生きる意味