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滝壺に向かう船に乗って遊んでいる人々

お釈迦様は、大無量寿経の中に、
「大命将に終わらんとして悔懼こもごも至る」
と説かれています。

命がまさに終わろうとして、後悔とおそれが代わる代わるやってくるという意味です。

命が終わろうとして、いよいよ死んでいかねばならなかった時に、
「人間はバカだった」と後悔します。

それを知っておられるお釈迦様が私たちに
あぶないですよと警告されているお言葉です。

いよいよ死んでいかねばならないとなったときに、
後悔と恐れがかるがわるやってくる。
大問題ですよ、と警告されています。

ところが、私たちは
「そんなものないよ、大丈夫だよ」
と思っています。
警告されているのは、お釈迦さまです。

私たち、ちょうど、川下りをしている船にのっているようなものです。
私たちがやっていることは、みな船の中でのことです。
学校行っているのも漫画読んでいるのも食事しているのも皆船の中でのことです。

どれだけやってても、みな死んでいく時にはぱあになります。
お金も財産も名誉も地位もみな置いて死んでいきます。
私たち船の中のことしか分かりません。

ところが、川の先は、滝壺になっています。
それを知っているのですが、
先に待っている滝壺のことを考えません。
そんなことどうにもならないじゃんといって船の中で楽しい楽しいと言っています。

お釈迦さまは仏の智慧があって、
ちょうどヘリコプターに乗られて、先が見えるようなものなので、
私たちに「危ないぞ」と言われているようなものです。

ところが、誰も死のことなんて考えてないし、先のことだし、
死んだら死んだ時だと思っています。
そんな私たちにお釈迦さまは警告されているのです。


by sakyamuni | 2020-05-07 13:00 | 仏教