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泳ぐ方角が分からない映画

私たちが生きるということを泳ぐことにたとえると、
周り中空と海しか見えない太平洋のような広い海を泳いでいるようなものです。

どこへ向かって泳げばいいのか分かりませんが、とにかく泳がなければなりません。
やがて必ず土左衛門になることは分かっているのに、みんな泳ぎ方しか考えていません。
それは、本当は悲劇なことです。
どう泳ぐかしか、わからないのが悲劇です。

必ず死ぬのに生き方ばかり考えているということです。
どう生きるかしか考えない、これが悲劇です。

それで親鸞聖人は泳ぐたとえで譬えられています。

グレートバリアリーフの海で遭難した二人の映画ができました。
オープンウォーターです。
靴はいていたら、水をかけずに死んでしまいます。
2日間遭難して、最後はサメに食べられてしまいました。

サメに食べられなくても、3人が取り残されたという事件もありました。
遺体が見つかったという事件です。
温かいファラオ諸島で、取り残されたという事件がありました。
どこへ向かって泳げばいいか分からない悲劇です。

安く作った映画でも売れたので
オープンウォーター2ができました。
泳ぐ方向が分からないという話です。

ところが、私たちの人生も同じです。
一体どうしたらいいのか、どこへ向かって生きればいいのか、
それなのにどう生きるかという
生き方ばかり考えています。
時間の問題でやがて死んで行きますから、死ぬ為に生きているようなものです。

生きる意味が分からない人生がいかに悲劇か、
よく知らなければなりません。
それでブッダは本当の生きる意味を教えられたのです。



by sakyamuni | 2020-04-13 12:00 | 仏教