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科学の因果律と仏教の業報との違い

不滅のエネルギーと不滅の物質でやったの行為を、仏教では力といいます。
不滅のエネルギーと物質からなる業力は当然不滅であるはず。
また、私が行為をする。
1000キロカロリー使って話をします。
イイ話をします。
逆に、
1000キロカロリー使って全部悪口をいいます。

同じカロリーを使って話をしても、いい話と悪口の違いがあります。
聞いた人の感情は同じでしょうか。

イイ話の場合は、いい感情で、悪口の場合は、悪い感情。
同じ1000キロカロリー使っても、いい感情にも悪い感情にもなります。
ポジティブかネガティブか。
これは科学では説明できません。

科学では、1000キロカロリーという量までは説明できるが、質までは説明できません。
仏教は質まで問題にします。

善い行為か悪い行為か。因果応報です。

悪因悪果。
悪いことばかり話していれば、悪い結果ばかり。
よい話をしていれば、良い結果を。
だけど、その通りにならないことも。
褒めても、褒め方が下手だと、うれしくありません。

我々の行為には力があります。
これを業エネルギーとは言えませんが、業力といいます。
科学は、質まで説明できないからです。
エネルギ―は量であって、質まで説明できないからです。

大事なのは、量?質?
どうせエネルギー使うなら、いい質のエネルギーにしたほうがいいです。

どうせ顔の筋肉使うなら、笑顔をつくったほうがいいです。
行いとすれば、不滅の業力となって残ります。
その業力がやがて縁と結びついて、結果となって表れます。
どのように、業力となって、蓄えられ、結果となって表れるのかです。

ここらを学ぶのが、唯識です。
これは、『科学を包む仏教』に書かれています。
本屋に、唯識の本が売っています。

これは、みなさんにわかるようにあえて言うなら、仏教心理学です。

この唯識を専門に学ぶなら、仏教の専門の大学に行って、8年かかります。
昔から、桃栗三年、柿八年といわれますが、
そこからもじって、唯識3年、倶舎8年といわれます。

だけど、これを学ぶと、我々の運命が、どうして現れるのか、わかる。
それで唯識学びたい人多くあります。

人工知能の父のマービンミンスキーなんかもそうでしょう。
人工知能の研究に仏典を研究しています。



by sakyamuni | 2019-12-09 12:00 | 因果の道理