尺取虫が火鉢を周り火の中へ落ちる

尺取虫が火鉢のまわりをまわり、
最後、火の中におちてゆきます。

私たちの人生も、同じようなものです。
どうすれば人より先へ行けるか、
どう生きるかという生き方しか知らず、
どこへ向かって生きているのか、という目的地がありません。

どう生きるかだけに一生懸命生きている人は、
最後死ぬときに、
がんばって生きてきた甲斐があったといえるのでしょうか。

決勝点がなければ歩く苦労が無駄になります。
なぜ生きるかがわからねば、生きる苦労がまた無駄。
「今まで私はどう生きるかしか考えて来なかった。おかしいな」
これに気づけるかが勝負です。

尺取虫もおちてゆくために火鉢のまわりを何回もまわったのか。
一生懸命生きて何をする。
死ぬ為の人生でなければ何をするためなのか。

人間に生まれてきてよかった、という決勝点を明らかにする。

私がお伝えしようとしている内容は
ほとんどの人が知らない事です。

どう生きるかということは
さまざまな智慧がありますが、
そいうやって一生懸命生きるのはなぜか。

生きて何をするのか。
これは仏教にしか教えられていません。
それを明らかにされたのがブッダです。
お盆をご縁に仏教を聞いてみて下さい。



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by sakyamuni | 2018-08-11 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)