ブッダがさとりを開かれたときの心構え

ブッダさとりを開かれるとき、前人未踏の修行をされたと言われます。
いろんな先生のもとを探されるが正しい先生がいませんでした。
「いずれも私を満足させてくれる先生はなかった」

そして先生を持たずに自らさとりを開こうとされます。
大変な修行をされます。
地球上で未だかつてこれほど厳しい修行をした者は
私以外にないだろうと言われています。

こう言われる前人未踏の修行をなされるんです。
決死の覚悟でご修行をなされます。
そしてやがて菩提樹のもとで仏のさとりを開かれます。

こういう覚悟で臨まれたと伝えられています。
「正覚を成ぜずんばこの場を立たず」
正覚とは仏のさとりです。
命がけの覚悟です。

この場で仏のさとりを開かなければこの場を立たないと臨まれ、
そして遂に仏のさとりを開かれています。

私たちならこの一回の聴聞で信心決定するぞという思いで
仏教講座に臨ませていただくのです。

法然上人もそうですから、
報恩蔵の蔵の中で心の闇が晴れるまでは出ないぞという思いで取り組まれました。
信心決定する人はそういう覚悟で臨まれるのだから、
私たちも信心決定するまではこの場を立たずという思いで臨ませていただくのです。

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by sakyamuni | 2018-07-11 12:00 | 聞法 | Comments(0)