早く本当の幸せなるには?

浄土真宗を最も正確に、多くの人に伝えられた
蓮如上人は、このように教えられています。

遠きは近き道理、近きは遠き道理なり。
灯台もと暗しとて仏法を不断聴聞申す身は、御用を厚く蒙りて、
「いつものこと」と思い、法義におろそかなり。
遠く候人は、仏法を聞きたく、大切に求むる心あるなり。
仏法は大切に求むるより聞くものなり。
(御一代記聞書129)

まず、「遠きは、近き道理。近きは、遠き道理なり」です。
遠いとか近いというのは、最初の方は、
その一座の仏教講座を聴聞する時に乗り越えた苦労の大きさ、
払った代償の大きさです。
そういう苦労のないぞという人が近い人です。

1分1秒時間を仕事しなければならないのに、
それをなんとか何とか乗り越えて求めます。

親鸞聖人の時代の平太郎さんも
お金も時間も有り余っていたわけではなくて、
私達よりも大変ななか、お金のないなか、
血のにじむような思いをして茨城から京都まで
聞法に行かれました。

そういう苦労もなく仏法聞いてきる人は、
近い人と言われて、
そういう苦労を乗り越えた人が、遠い人。

後の遠い、近いというのは、
救われるのに遠いとか近い
ということです。

ここで蓮如上人は、
大切に求めようと言う心の事を
言われています。

そういう苦労を乗り越えた人は、
大切に求めずにおれないんですね。

ですから、蓮如上人は、足できけといわれて、
仏教講座に足を運ぶのに、
乗り越えた苦労がおおければ多いほどいいんですよ。
大切に聞かせていただけるから。

しかし、残念なことに遠くにいて遠い人いますよ。
まず、代償を払った、苦労した、遠くまで聞きにいった、
お金ないなか求めた、時間ないなかそうすれば、
オートマチックに真剣に聞けるかというと、
そうでなく、遠くにいて遠い人になってしまいます。

一見大変そうでも、その人にとって
実は余りそうでなければ、大切に求める心
起きてこない。

あくまでも仏教は、心がけが大切なんです。
そのなかなか変わらん心を変えさせて頂くために
苦労させて頂いても
また、そこで心がけを変えようとせねば、
無駄になってしまいます。

どんな苦難も乗り越えて
仏教講座に足を運び、
真剣に聞かせて頂きましょう。


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by sakyamuni | 2018-06-04 12:00 | どうしたら助かる? | Comments(0)