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煩悩しかない人がなぜ仏教を聞く?

仏法聞き難しとか、
真の知識にあうことは難きが中になお難し
といわれます。

なぜでしょうか。
それは、私たちに仏法を聞こうという心がないからです。

欲望などの煩悩を満たそうとする心はおきます。
金儲けなら目を光らせますが、
仏教を聞くとなると、目は閉じていきます。

ところが、お金儲けをしていると、
不条理に思うことがあったり、
虚無感におそわれたりします。

その答えを知りたいと思うところから導かれて
仏教を聞くようになるのです。

それでも、本当の仏教を教える
真の知識はほとんどいないので、
苦しんでいるのは、煩悩のせいだ
という程度です。

仏教の真髄は、
真の知識にあわなければ決して分かりません。

正しい仏教の先生が教えてくださることが
流転輪廻の際なきは疑情の障りにしくぞなき
ということです。

疑情というのは、煩悩ではありません。
心の闇です。

苦しみ悩みに果てしがないのは、
心の闇が根本原因だ
ということです。

この世の中でそういうことを明らかにされるかたどれだけいるでしょうか?
考えるとみんな煩悩と間違えています。

本当の仏教を知ることができるのは、
大変な幸せなことです。


by sakyamuni | 2018-05-21 13:00 | 仏教 | Comments(0)