無明の闇とは?

無明の闇とは何か。
後生暗い心。

後生とは100%確実な未来。
すべての人は1日生きれば1日後生に
近づいています。
いやじゃいやじゃといいながら後生に近づいている。
私だけは後生に関係ありませんという人はいません。
すべての人の100%確実な未来です。

元旦や冥土の旅の一里塚

一年たって元旦を迎えたらそれだけ後生に近づいた。
ついこの間正月と思ったら、もう、
11月も末、年賀状を書かねばならない季節になっている。
1年といっても本当にあっという間。
それだけ後生に近づいた。

老後の心配をする人はあっても後生の心配をする人がない。
問題にする人すらありません。
これはおかしなこと。
明日のテストのことが心配で眠れないことがあっても、
人間関係で悩んで、気に病むことがあっても、
後生が心配で眠れないことはない。
あるかないかわからない老後の心配をしても
確実な後生の心配をしていません。

それどころか、そんな後生なんてないよ、
死んだら死んだときでないかという人も少なくありません。

しかし、死んだ後があるとかないとか、いうことは知識の問題です。
死んだ後がないと思っている人でも、
身近な人が亡くなると冥福を祈らずにおれない。

死んだ後、幸せになってもらいたい、
辛い思いをしているんじゃないかと感じているから、
幸せを祈らずにおれない心が出てくるんです。

慰霊というのも、死んだら霊というものがあるというのが前提。
慰めるというのも、自分より不幸な人をなぐさめる、死んだ後があって、
しかも、苦しんでいるのではないかと認めている心がある。

死んだ後があるとかないとかは知識の問題だが、
人間は知情意の存在だと教えていただいた。
知だけではなく、情と意もある。
知識で知っている納得しているだけでは
片づけられない問題がある。
冥福を祈らずにおれないのは、深い人間性からくるもの。
これを無視する人は嫌われる。


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by sakyamuni | 2017-10-01 18:00 | 苦悩の根元 | Comments(0)