絶対の幸福への手段

目的を果たすに絶対必要なものが手段である方便です。
タクシーに乗ったらまず最初に目的地を言います。
そのタクシーの運転手が不慣れで道を知らなければそこへの道程をも教える。
目的地を言うのも私、そこへの最短経路を教えるのも私です。

十方衆生を信楽にすくうというのは、
ちょうど2階にあがって綺麗な景色を見せてやるということです。
しかしその為には、階段が必要、はしごが必要になります。
それをつけてやらねばならない。
19願で阿弥陀仏が善を勧められたり、20願で念仏を勧められるのは、
信楽という2階にあげるのにどうしても必要な
はしごのようなものだからなんですね。

ということは仏教というのは、従仮入真の教えということができます。
普通は「仮より真に入る」と読みます。
「仮よりしか真に入れず」とも読みます。

方便から真実に導き入れる教えが仏教です。
方便からしか真実には入れないんです。
いきなり真実持って来い!
ガチンコ勝負じゃい!と言ってる方便を軽視している人は、
真実の世界には入れません。

19・20願を通らずして18願の世界に入れる人はいません。
もし入ったという人があるならそれは真実の信心ではないわけです。

つまり、三願転入の教え、仏教とは「真仮」と言われます。
そこで親鸞聖人は教行信証を徹底的に書かれて「後序」に
「諸寺の釈門教に昏くして真仮の門戸を知らず!」と言われてるんです。
仏教に真実と方便がある、阿弥陀仏の本願に真実と方便がある、
その真実の世界に親鸞今入ったんじゃい!それが繁盛じゃい!
と言われているんです。




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by sakyamuni | 2017-09-20 12:00 | どうしたら助かる? | Comments(0)