他力本願の本当の意味はどんなことか


他力本願の本当の意味はどんなことか。

キミのようなことをおもって真実の仏教を誤解している人は非常に多いと思います。
みんな他力というと人のふんどしで相撲を取る。
人の提灯で明かりをとる、力のない人間の力のある人間への依存心と思っていて、
新聞でも他力本願ではいけない、そのような新聞をみても誰も問題にしません。

他力、自力、どちらも誤って使われています。

例えば自力優勝はできなくなった。

間違った意味で使われています。
では他力とはどんな意味なのか。
教行信証に明示されているように阿弥陀仏の本願力のみを言います。

他力というは如来の本願力なり
(教行信証行巻)

他力とは阿弥陀如来の本願力とハッキリ言われていますが
世間では自分以外の力と思っている人も多くまた、
天気、自然の力を他力とこのように思っている人もいます。
或いはなにか尊い力、これも他力と、何もかも他力と言っています。

例あるおばあさんが「今日も一日生きておれた、他力のおかげじゃ」
感謝の日暮らし、腰がたつのも、たった、他力のおかげじゃい。

親鸞聖人は如来の本願力というように阿弥陀仏の本願力のみを言います。
語源は仏教なので仏教の意味にしたがわなけばいけないです。



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by sakyamuni | 2017-09-16 12:07 | 仏教 | Comments(0)