山田かまちのメッセージ

今日は知ってるつもりという番組で放映された
山田かまちという人の生涯を紹介したい。
といっても彼はわずか17歳で感電死して短い生涯
を閉じてしまいました。

みなさんよりも若くして死んでしまった。
ところが彼の絵が非常に訴えるものが多く今日でも多くの人に影響を与えている。

だから彼は
●『ボクって何だろう』

これもよく判るね。
自分とは一体何だろう。

●『オレにはもっと本当の生きがあるはず』

本当の生き、本当の人生。
何か今までの人生はオレの本当の人生ではない。
もっと素晴らしい輝かしい、何か眩しいくらいのオレの人生があるはず。
みんなそう思うね。

どう?ここに書いてあることみんな共感できないか。
いやオレはそうは思わない、そう思うかな。
おそらく殆どの人はなるほどその通りだな、
そう思っていたでしょ、いや、いまもおもっている。

だから人間というのは、いつの時代も同じなんです。
みんなが生まれる前に死んでしまった山田かまちも同じ。
みんな悩んで傷ついて生きている。

ところが、こんな真面目で純粋な彼が、わずか17歳で死んでしまったんですね。
大変印象に残ったのは、その彼が死ぬほんの数日前に友達と電車の前で別れる。

その時に一旦別れたけど『これで二度とアイツとあえなくなるかも知れない』
そう言う気持ちになって『おい顔を見せてくれ』
『どうした』
『これでお前と会えなくなるかも知れない』
『そんな馬鹿なことが有るわけ無いだろう』
その時彼はこういう。

『人間はいつ死ぬか分からない。
明日死ぬかも知れない。
でも、オレは死ぬはずない』

これが山田かまちが死ぬ数日前に、友人に語ったことなんです。
人間は何時死ぬか分からない。
明日死ぬかも知れない。
でもオレは死ぬはずない。

この言葉みんなどう思う。
おそらく全ての人がこう思っています。
オレは違うという人。
人間は何時死ぬか分からない。
それはその通りだ。
明日死ぬかも知れない。
それもその通り。

でもオレは死ぬはず無い。
そうだオレは死なない。
どう?いやオレはこんな風に思っていないと言う人はいるかな?
今日初めて会う人に聞いてみようかな。

この言葉どう思うかな。
その通りでしょ。
その通りだと思うね。

どう思う、この言葉。
どう思いますか。
『その通りかな』
みんなこう思っているんだよ。

でも、そう思っている人が刻々と死んでいくんです。
例えば以前起きた事件で言えば、
オーストリアのアルプスで3、2キロメートルのトンネルの中で
ケーブルカーが火災を起こした。

155人の方がなくなった。
その殆どが焼け死んだと言うよりもなくなった直接の原因は有毒ガス。
永い永い煙突の中で煙の中で苦しんで死んでいったんです。

その155人の犠牲者の中で日本人が10名。
22歳の慶応大学の学生。
どちらも女性。
文学部の三年生と法学部の四年生。
四年生は就職が決まっていた。

しかもその中の5人はまだ中学生です。
アルプスにスキーの合宿にいったんだって。
すごいな中学生で。
アルプスで合宿だって。
みんないったことあるか?
ナポレオンのように。

どんなにかこれから将来の夢を抱いて明るい人生の設計図を描いていたことでしょうか。
なくなった中学生が亡くなる数日前に家族にあてた葉書が紹介された。

『おじいちゃん、おばあちゃん、私は元気です。
とっても楽しい旅行です。
お土産いっぱいかって帰るね』
そんなこと書いた数日後自分が死ぬなんて思っていない。
夢にも思っていない人が現実に死んでしまう。

遺体はもうだれか判別がつかないくらい損傷がひどいそうです。
家族がヨーロッパに行っても分からない。
性別も分からない。
まさか中学生がアルプスの山の中のトンネルで死を迎えるなんて誰も思っていない。

まさか、山田かまちも暑い夏にコードを差し込んだ瞬間に感電死するなんて思っていない。
しかし現実にそうしてやってくるのが死。
『オレは死ぬはずない』と思っている人が実際は死んでしまう。

だからよく無常は無情といわれる。
何の情け容赦もない。
若いから、まだ死なない。
あの人は才能があるから死ぬはず無い。
あの人は美人だから大丈夫と言うことはない。

本当に人間の一生はいつ、ふいに終わりがやってくるか分からない。
だから死というのは「突然の暴力」。
ものすごい破壊力を持った暴力です。

暴力というのは何も通り魔にやられることだけではない。
いつどこでやってくるか分からない。
考えてみれば私たちの人生は刻々とこの死に向かっている。




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by sakyamuni | 2017-09-08 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)