阿弥陀仏の本願は真実だけでいい?

わたしたちが絶対の世界ださせていただけるのは、
ひとえに、阿弥陀仏、お釈迦さまのお導きあったからだ。
阿弥陀仏とお釈迦さまは慈悲のお父さんとお母さんのようなものだ。
わたしたちはこの世界にださせていただける。

二河白道の話を通して。
阿弥陀仏はこいよこいよ。
お釈迦さまは行け。
阿弥陀仏のこいよこいよお釈迦さまのいけよいけよ、
進ませていただける。
お父さんは厳しい。
お母さんは優しい。

父は打ち 母は抱いて悲しめば 変わる心と子は思うらん

変わる心と思うかもしれないが、

群賊悪獣悪知識にだまされるな、と厳しい。
阿弥陀仏の絶大なご念力、
お釈迦さまのゆけよゆけよのお進めによって、
二河白道を進むことができる。

よく浄土真宗の人の中に、18願だけでよいという人がいる。
というよりも、善の勧めはいらん、といっている人がほとんど。
三願転入わかっていない。
この道進まなければ、出られない。
そういうことは、この世界に出なければ分からない。

真仮を知らざるによりて、如来広大の恩徳を迷失す
(親鸞聖人)

何が真実で何が方便か、わかっていないから、
阿弥陀如来の広大なご恩がわからない。

真実がわらなから、方便がわからない。
真実がわかった人が方便がわかる。
目的地がわからないのに、行き方がわかるという人はいない。
真実がわからあないものは、方便もまったくわからない。

方便からしか真実には入れないから、これを従仮入真という。
仮よりしか、真実に入れず。
方便をとおらずして絶対に真実には入れない。
こういうことを教えておられる。




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by sakyamuni | 2017-08-19 12:00 | 二河白道 | Comments(0)