観無量寿経と阿弥陀経の念仏

念仏成仏といわれている念仏とは何か。

念仏といっても3通りある。
心が違う。
ちょうど涙。悲し涙、嬉し涙、悔し涙、心によって違う。
成分は変わらない。
念仏も称えている念仏は変わらない。
称えている心によって3通りにわかれる。
「万行随一の念仏」
「万行超過の念仏」
「自然法爾の念仏」

「万行随一の念仏」
万行、いろいろな善がある。それらもやっているし、念仏も称えている、
だから悪いところへはいかんだろう。念仏は諸善の中で一番良い善。
修諸功徳に含まれる念仏。一番信仰が幼稚な人の念仏。
もちろん普通の人よりはいいけれども。
これが19願の念仏。観無量寿経の念仏。

智者また教えて合掌又手し南無阿弥陀仏と称せしむ。仏名を称するが故に、
五十億劫の生死の罪を除く。(観無量寿経)

かくのごとく至心に声をして絶えざらしめ、十念を具足して南無阿弥陀仏と
称するが故に、念々の中において八十億劫の生死の罪を除き、
(観無量寿経)
これが観無量寿経の念仏。


「万行超過の念仏」
諸善よりは、飛び越えて功徳があるのが念仏。
諸善はできないけれども、念仏は一生懸命称えている、
だから悪いところへはいかんだろう。20願の念仏。
阿弥陀経の念仏。

舎利ほつ、もし善男子善女人ありて、阿弥陀仏を説くを聞きて、名号を執持
すること、若しは一日……若しは七日、一心不乱ならん。(阿弥陀経)

これらは自力の念仏。
しかし、称えれば救われるのは、
他力の念仏


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by sakyamuni | 2017-07-30 12:00 | 信心 | Comments(0)