法華経と観無量寿経と同時のお経

王舎城の悲劇で、
韋提希夫人が、牢屋にたたき込まれました。
そこから、非常に苦しみます。
「ああ、阿闍世、母さんはお前のためにどんなに苦労したか」
「こんなことなら産まねばよかった」
「あの子がこんなになったのは、そうよ提婆よ」
提婆達多と似てないかな。
結局自分の種蒔きと見られないんですね。

これを、提婆の畜生、阿闍世の餓鬼めと言われます。
そして、ブッダに救いを求めるんですね。
ビンバシャラ王は、お弟子の一人なりともといって、結構控えめなんですけど、
韋提希夫人は、どうしてきて下さらないのと言っている。

その時ブッダ法華経の御説法の最中でした。
「今日の話を聞かなかったら仏法を聞いたことにならんそうじゃよ」といって、
霊鷲山にみんな集まってきていましたね。
そして、大勢の人が話をしている最中に、突然座を立たれて、すたすたと行ってしまうわけですよ。
これは大変なことです。
ちょっと出来ません。
ということは、よっぽどの大事だったわけです。
トイレいってきます。
なんてもんじゃない。
最もなさねばならない大事といわれています。
法華経を中断されてるんです。
そして、韋提希夫人のもとに行かれています。
よっぽど大事なことだったということです。

法華経と観無量寿経は同時の教だと蓮如上人もおっしゃっています。
つまり、観経はそれほど大事なお経だということです。

法華経と観無量寿経は同時の教だと蓮如上人が仰有った根拠

 これによりて、むかし釈尊霊鷲山にましまして一乗法華の妙典を説か
れしとき、提婆、阿闍世の逆害を興し、釈迦韋提をして安養を願はしめ
たまひしによりて、かたじけなくも霊山法華の会座を没して王宮に降臨
して、韋提希夫人のために浄土の教を弘めましまししによりて、弥陀の
本願この時にあたりて盛なり。
 このゆえに法華と念仏と同時の教といへることは、この謂なり。
 是れ即ち、末代の五逆、女人に安養の往生を願はしめんが為の方便に、
釈迦、韋提、調達、闍世の五逆をつくりて、かかる機なれども、不思議
の本願に帰すれば、必ず安養の往生を遂ぐるものなりと知らせたまへり
と知るべし。                 (御文章四帖目三通)

これは、機の真実を説かれたお経といわれます。
私たちの本当の姿を説かれているということです。
それは、一機と言われます。たった一つ。
これだけ沢山の人がいても、たった一つなんですね。

そして、阿弥陀仏の本願は、その機を救うために説かれたたった一つの法なので、
一機一法といわれます。

ちなみに、一切経は七千余巻あると言われますが、
それは機に合わせて説かれたものだから、それだけ膨大な量になったのですね。

対機説法、あるいは応病与薬と言われます。
機に合わせて法を説くということです。
病に応じて、薬を与えると言うことです。
だから一切経はそれだけ膨大な量になったといわれます。
そうやってブッダは、機毎に説かれたのですが、
その真意は本当の姿を知らせるためだったのです。
そこまで導こうとされた。
因果の道理で統合されて、本当の姿を知らせるために。

その本当の姿は、百万人いたら百万人同じ。一機です。
そうやって一機一法まで導かれた。



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Commented by これきん at 2018-10-13 19:29 x
蓮如上人がむかし釈尊霊鷲山にましまして一乗法華の妙典を説かれしとき
と釈尊のこの時の説法を法華経と特定された根拠は何でしょうか、文がありますでしょうか?
この時期霊鷲山での説教は法華経以外ないということでしょうか?ぜひ知りたいのですが解説お願いいたします。
ちなみに私は如来所以興出世 唯説弥陀本願海 がメインです。
Commented by sakyamuni at 2018-11-04 19:38
蓮如上人は覚如上人の『口伝鈔』によられたとものと思いますよ。
「諸宗出世の本懐とゆるす『法華』において、いまの浄土教は、同味の教なり。『法華』の説時、八箇年中に王宮に五逆発現のあいだ、このときにあたりて、霊鷲山の会座を没して、王宮に降臨して、他力をとかれしゆえなり」
とあります。

これはどういうことかというと、天台宗や日蓮宗では、お釈迦さまが80歳でお亡くなりになるまでの8年間に法華経を説かれたから、最後に説かれた法華経が出世の本懐のお経だとしています。
ところが
『善見律毘婆沙』によれば、阿闍世が王位についたのは、釈尊73歳のときです。法華経を説かれているときに王舎城の悲劇が起きて、観無量寿経が説かれたことになりますので、同時の経であるという覚如上人の反論です。
by sakyamuni | 2017-06-26 12:00 | 生きる意味 | Comments(2)