三業惑乱

三業惑乱とは、浄土真宗史上最大の大惑乱。

江戸時代 浄土真宗本願寺派、西本願寺の能化

能化とは、教学的なことに関する機関、学者集団のトップ。
親鸞聖人の教えに精通した学者集団の最高責任者
法主は象徴職
能化に異安心といわれたら浄土真宗の看板を下ろさねばならない。

能化は
一代目 西吟
二代目 知空
三代目 若霖
四代目 法霖
五代目 義教
六代目 功存
七代目 智洞

特に有名なのが法霖
法霖の時に法論がなくなった。

法華経の間違いを徹底的に正した。
勉学熱心でずーっと書物を読んで、
暗くなっても微動だにせずに読み続けていた。

最後は教えを観だした者のために、
切腹して親鸞聖人にお詫び
「往生の一路は平生に決す」 
という詩をよんだ。

六代目の功存は、十劫安心が日本中にはびこっていたので
「願生帰命弁」という本を書いた。

「願生帰命」とは信心決定のこと。
「弁」とは大事ということ。

後生の一大事が繰り返し書かれている。
信心決定しなければ助からない。

七代目の智洞は、
三業で阿弥陀如来にお願いしなければ助からぬと言い出した。

功存が後生の一大事を強調。
信心決定しなければ助からぬことを徹底した。

すると門徒から「どうしたら信心決定できるんですか」
答える前に功存は死んでしまった。
能化としてこれに答えなければならなかった。

能化の言葉によって、
日本中で私は何月何日、
三業で弥陀を頼んで助かりましたと言う人
が続出した。

そこへ在野の学者の反論した。
急先鋒が安芸の大瀛
『横超直道金剛碑』という本を書いた。
日本中の門徒が本願寺まで尋ねた。

本願寺の地下牢に入れた。
流血沙汰になった。

浄土真宗が乱れると言う事は日本が乱れる。
幕府が動いた。

大瀛と智洞を捕まえて公の場で法論させた。
智洞の間違いが証明された

本願寺は信心決定を言う事を極度に恐れるようになった。

その反動で今は、すでにありのままで救われていると主張する
十劫安心になっている。

一念の体験を強調すると三業惑乱。
それを正すと十劫安心になる。
現在の本願寺は十劫安心。

現在では少しずつ信心決定を言うようになってきた。
今度は三業安心を気を付けなければならない。



[PR]
by sakyamuni | 2017-06-14 12:00 | 信心 | Comments(0)