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生きがいの限界

絵を楽しんで描いていたピカソは、筆を置くと不機嫌になった。

これはどういうことを意味しているか。

それは「生きがいの限界」。

私達が楽しんで、これって生きている実感があるなとか、
生きがいを感じるなと思っているものがいくつかあるが、
それがピカソにとっては絵を描くことだった。

楽しく絵を描いていたそのピカソが筆を置くと不機嫌になった。
確かにこれは生き甲斐だと思っていて楽しんでやっていたこともそれが続かない。
色あせる。
薄れる。
志村けんは撮影やコメディが終わるとものすごく不機嫌になる。
ましてや家に帰ったときにはものすごく不機嫌になるそうです。

みんなといるときには仕事だからギャグをいう。
ところが仕事が終わるとたちまち不機嫌になる。
こういうのをピエロともいう。

太宰治も書いている。
人間誰でもつまらなくて寂しくて、ひとりぼっちの自分がいて、
それを何とか楽しくするそういうものを求める。
それが絵を描くことであったり、友達と話をすることだったり。
しかしそれが終わってしまうとたちまちに不機嫌になる。
これが生きがいの限界。

生きがいについては以下の記事で詳しく解説されていた。




# by sakyamuni | 2021-02-27 12:00 | 生きる意味

わたしは何者か?

「わたしは何者か?」
哲学ではずしてはならないテーマです。

わたしのことはわたしが一番知っているわと思うだろうか。
実は言えない。
むしろ人の事ならよく分かるけれども、
わたしのことはなかなかわからない。
人のことなら「あの人はケチだ」とか言える。

良い人悪い人で判断している。
自分自身はどうか。
そんな一言で言うなよとなる。
あまりよく分からない。

昔から「なくて七癖」という言葉がある。

癖というのは人から指摘されるまで分からない。
昔は鼻をつまむ癖があった。
癖のない人だって7つあるといわれる。

癖というのは考えてみたら、外側のこと。
ここで問題にしている己の心のこととなると分からない。

自分というのはわかりにくい。

中国の古典の中に、サイクンボという宰相がいた。
髭が長かった。
ときの天子
がたずねた。
「寝るときにふとんの上に出して寝るのか、布団の下にして寝る
のか」うろたえたサイクンボ。
「帰って実験してみます」

上にするとスースーする。
どうも違う。
下に入れてもどうも違う。
とうとう眠
れなかった。
それを聞いた天子は「お前は世の中のことなんでもしっているが
自分のことは知らないのだな」と。

日ごろ見てるものでも、よく知らないものもある。

自分のことも、むしろ分かっていない。
人事部の部長など、その人の身なりや
言葉使いで「彼は金で失敗する、女で失敗する」というように見抜くことがで
きる。
ところがそうやって言っている人事部長が失敗している。

どうして自分のことが分からないのか。
近すぎるから。
目、目を見ること能はず。
刀、刀を切ること能はず。
こういわれる。

近い鏡や眉毛を見るときに何を使うか。
鏡を使う。
そこで昔の中国の古典の中にも三枚の鏡という話がある。
それとは違うが、自分を知る鏡に3種類ある。

他人鏡、自分鏡、法鏡。

その鏡を見よ。
鏡を見てこいといわれたとき、四角でしたとかいうことではな
くて、顔を見てこいということ。



# by sakyamuni | 2020-10-24 12:00 | 罪悪

手塚治虫さんの『ガラスの地球を救え』というエッセイに、
今までのマンガをどういう気持ちで書いてきたかが書いてあります。

アトムが一番有名でしょうが、次に人気が高いのがブラック・ジャック。
これは訳があって、医者の免許を持っていないが、
天才的な腕前を持つブラック・ジャックにまつわる物語。

この中にドクター・キリコという男が出てくる。
この男は安楽死専門の医者。
ブラック・ジャックと激しく対立する。
ブラック・ジャックは何とか命を延ばそうと全力を尽くす。
何年も昏睡状態が続いている男を何とか助けようとする。
ところが手術が成功したとたん、その男は見る見る年老いて死んでしまった。
その時最後に、何で目を覚まさせたのだ、と言って死んでいった。

また、懸命に命を助けた相手が死刑囚。
事故で死にかけたところをやっとの思いで助けたのだが、
すぐに死刑の判決がくだり殺されてしまった。

ブラック・ジャックは天に向かって、
医者は何のためにあるのだ!
と叫ぶシーンもあります。

医学は命を一分、一秒でも延ばそうと躍起になっていますが、
命延びたために余計に苦しむことがある。

そうした場合医学は苦しめるためのものになってしまうのでしょうか?

実際、日本の医学のすべてを結集させ、治療がとても困難な難病を治したことがあった。
その時、なおった人にインタビューで、これから何がしたいですか
と尋ねたら、
「ビールのみながら、野球観戦でもしますわ」
と答えた。
これを聞いて手術した医者はガックリきた。

日本の最新医学技術は、ビールを飲むためのものだったのか、
野球を見るためのものだったのだろうかと。
よく「人命は地球より重い」といわれ、皆そうだと思います。

確かにその通りなんですが、ではなぜ命は地球より重いといえるのか。
ビール飲むだけの人生が地球より重いでしょうか?
「尊い命」「かけがえのない命」といわれますが、本当にそのことが分かって
いる人がどれだけいるのでしょうか?
命を延ばすためのは何のためか、生きる目的が明らかにならないと、どんなに
医学技術が進歩しても、いわゆる手段がすぐれていても、
幸せにはなれないってことの一例ではないでしょうか。



# by sakyamuni | 2020-10-21 13:00 | 生きる意味

ほんとは自分が好き

最近色々な病気が問題になっていますが、
その中の一つにうつ病というものがあります。

以前、電車の吊革広告に、
「今やうつは風邪である」
というようなものがありました。
それだけ多くの人が苦しんでいるという意味だと思います。

また、ある雑誌には
「うつなのはあなただけじゃない」
というような特集がありました。
それだけ今、多くの人が悩んでいるという事でしょう。

うつ病については私も詳しくは知らないのですが、
大変暗い気持ちになってしまって、
誰とも会えなくなってしまったり、
暗い部屋で1人で閉じこもってしまい、
どうしようもできなくなってしまうんだそうです。
自分ではどうにもならないんだそうです。

またうつ病とまでいかなくても、
最近増えてきているものに自傷行為というものもあるそうです。
別に、自殺したい訳ではないんですが、手首を切ってしまう、
そうせずにはおれない気持ちになってしまうんだそうです。
爪をかむ癖というのも軽い自傷行為だそうですね。
過食症や拒食症なんかもあるそうです。
しかも自分ではどうにもできないそうですね。

あと、自虐行為というもので、苦しんでいる人もいるそうです。

精神的に、自分を追い込んでしまって、
私なんて駄目なんだ、どうせ中身なんてないし
かっこつけていても、本当は駄目だと自分でも分かっているし。
みんな、友達みたいな顔をしてくれるけど、本当は嫌いに決まってる。
私が駄目なやつだって見抜かれてるさ。
私なんていいない方がいいんだ。

というような感じで、自分で心を切り刻んでしまわずにはおれないんだそうですね。

そういう気持ちになって、どうしようもないんだそうですね。

これはある精神科医の人に聞いたんですが、
実はどんな人でも、本当は自分が好き、なんだって。

一番大切なものは何か。
自分なんだって。
一番傷付けたくないものは、自自身なんだって。
一番傷守りたいのは自分なんだって。

集合写真ってありますよね。
修学旅行なんかで、奈良公園とか、赤城山とかで取る、
あれですね。

その、集合写真を見て最初に探すのは誰ですか、
って聞かれたんですね。

それで、考えてみたんですが、
うーん、自分だな、って。
一番最初に自分を探すんですよね。

さらにですね、
その写真がいい写真かどうか判断する基準はなんですか、って
聞かれたんですね。
やっぱり自分が良く写ってるかどうか、なんですね。

自分の首から上がないとか、
自分だけ右上の丸の中にいる、
とか、
自分の服が血だらけになっている、という写真だと、
この写真焼いてしまえってなりますよね。

まあ自分が一番好きという事です。

専門的には自己愛という。
本能みたいなもので、みんなにあるそうです。



# by sakyamuni | 2020-10-18 12:00 | 罪悪

仏教では、人間のやる善は、雑毒の善といわれる。
雑毒の善というのは、毒混じりの善ということ
煩悩で自分のためにやった善。
見返りを期待するので、見返りがなければやらない。
商売のようなもの。

悪を見逃さないことをたとえるなら、
法律−肉眼
道徳−虫めがね
仏法−顕微鏡
のようなもの。
微塵の悪も見逃さない。

だから、仏教では、
三輪空が教えられる。
私が、誰々に、何々をこの3つを忘れるようにする。

よいことしたつもりがかえって悪い結果になったりする。

悪いことは、わかっちゃいるけど止められない。

朝寝して 夜ねるまでに 昼寝して
 起きている間は 居眠りする

金持ちになりたくないのか
もちろんなりたいさ
ねてばかりいては金持ちにはなれんぞ
そりゃわかっとる
わかっとるなら、なぜ働かん
わかっちゃいるけどどうにもならん
わらって男は頭をかいた

勉強しなければならないのはわかっている、、だけど
働かなきゃいけないのはわかっている、、だけど
親孝行すべきことはわかっている、、だけど
わかっちゃいるけどやめられないというのが
人間の本当の相



# by sakyamuni | 2020-10-14 12:00 | 生きる意味

中国に、さいくんぼという髭の立派な政治家がいた。
髭の長さが15m位あった。

ある時、天子から、
「そのひげは寝る時はどうしているのじゃ」
と聞かれた。

「ちょっとど忘れしましたので、一回寝てみてから報告します」
さっそく帰って寝てみる。

掛け布団の中にしまって寝てみると、どうも違和感がある。
そこで掛け布団の上に出してみると、喉の下がすーすーする。
もう一度掛け布団に入れてみるとやはり違う気がする。
とうとう明け方まで、髭をしまったり出したりしていた。

翌朝天子に謁見して、
「申し訳ございません。一晩中試し続けましたが、分かりませんでした」

天子は、
「お前はこの国のことはよく分かっているが、自分のことには暗いのお」
といった。

人間、自分のことは分からない。

ニワトリが最近鳴かなくなったと嘆くおじいさんがいた。
ところが、鶏が鳴かなくなったりはしない。
自分の耳が聞こえなくなってきている。
自分のことは分からない。

どうして自分の姿が見えないのか。
それは、近すぎてみえない。
「目、目みることあたわず、刀、刀きることあたわず」
自分の目で自分のまゆをみることはできないように、
自分の心で自分の心を知ることはできない。

ではどうすればいいのかというと、
自分の姿を見る時は鏡を使う。

鏡がなかったら、ご飯粒つけて歩いていてもわからない。

自分の心を知るには、自分の心を映し出す鏡が必要。



# by sakyamuni | 2020-10-11 12:00 | 生きる意味

ブッダは「仏法聞き難し」
と説かれている。

中国の道綽禅師は
安楽集』に
「三恒値仏の因縁がなかったら仏法にあえないんだ」
とおっしゃっている。

「三恒」とは、三恒河沙のこと。
ガンジス川の砂の数の三倍。
無量の意味。

そういうたくさんの仏とあい、過去において仏法を聞いてきた。
今生のご縁だけではないんですね。

古い過去世から諸仏の教えを聞いてきた因縁があったから聞けたんだ、と教えられている。

それほど聞き難いのが仏教。



# by sakyamuni | 2020-10-08 18:00 | 仏教

ブッダは本当の地獄の苦しみはどんな喩えでも説けないと教えられている。

諸々の比丘よ、如何なる喩と雖も、いかに地獄の苦なりやを説くこと能わず。
(賢愚経)

諸々の比丘、出家の人達ですね。
仏教を専門につたえている立場の人。
この地獄の苦しみはどんな喩えをもってしても、
どのようにして説くことができようか。

絶対にできないのだ。
この後に説いてさえ分からないのに説かずにいては
想像もできないから強いて、無理してでも喩えでも良いからお願いしたい。

強いて喩えでしか分からないから、
教えてもらえませんかという問に対してこの後、言われるんですね。
それがこの後に出てくる有名な300本の槍の話。
強いて教えたまえという弟子に対して、

朝100本の槍で突かれるのをどう思うか。
昼また100本の槍で突かれる。
それでも死ねない。
晩100本の槍で突かれる。
こうなるともうつくところがありません。

この苦しみをどう思うかとブッダは説かれた。
御弟子はびっくりして、え、
一日一本の槍で突かれるのもどれくらい苦しいか。
いや、針でグサッとつかれたらどれくらいつらいか

まして1日300本。
どれくらい苦しいか知れません。
お釈迦さまがどんな喩えでも説けないと言われたわけが分かりました
とこういったのにたいして
ブッダは驚くのはまだ早いと言われて、
小石を拾われて、この小石とあのヒマラヤ山とどれくらい違うか。

全然違います。
一日300本の槍で突かれる苦しみをこの小石とするならば、
無間地獄の苦しみはあの雪山、ヒマラヤ山のようなものだと言われた。

これを聞いたらあなたお伽噺にしか聞こえないでしょう。
オーバーな話と思うかも知れませんが
実際オーバーでもなければお伽噺でもない。

実際これ間違いなく受けて行かねばならない恐ろしい厳粛な事実です。
死ねばハッキリ分かります。
しかし地獄に堕ちて仏説まことであったと知らされても手遅れです。

これほど受けると言うことは
いかに私たちの罪が深いか深重であるかがわかれば、
これもハッキリ分かるんですよ。



# by sakyamuni | 2020-10-04 18:00 | 罪悪

人生は夢のようなの。
夢の中で手に入れたものは目が覚めれば消えてしまうように、
夢の中今まで集めた宝、妻子、財宝、みんな全部
娑婆に置いて行くということを、

夢の中 集めた宝 皆置いて 業を荷うて 独り出ていく

と歌われています。

集めた宝はみな置いていくんですが、実は持って行けるのが業力。
業力というのは死ぬまでにやった行い。

でも、宝を手に入れるには、
自分の都合で他人を蹴落としたり、
奪い取ったりする必要があった。

あの世に持っていくのはそんな悪業のみ。
今まで作った悪業のみを背負って、
独りで後生へとまいこんで行かねばならない。

これがすべての人の臨終と
仏教で教えられている。



# by sakyamuni | 2020-10-01 12:01 | 生きる意味

自殺問題の解決策

テレビで、自殺願望の少年を、みんなで止める。
「中居正広の家族会議を開こうスペシャル5」

筋ジストロフィーの患者が登場。
17歳の少年。
死を覚悟して、しっかりしている。
身長178センチ。
体重28キロ。
筋肉が脂肪になり、やがて心臓も止まる。
「僕は自分で死ぬことができない。
自殺する能力があるなら、他のことに使えばいい」
これを聞いて、自殺願望者が、ちょっと考え直してみますと言っていた。
その少年に、
「あなたにとって、生と死はどういうものですか?」
と尋ねたところ、生きるということは、何かを残すこと、
死については、どうしようもないので、考えないと答えていた。

結局は命の価値が分からない。
ニーチェの予言通り、ニヒリズムがはびこっている。

こうなってしまう原因は何か。
社会が悪いのか。
家庭が悪いのか。

根本的には、命の価値、生きる意味、すなわち人生の目的が分からないことが原因。

ブッダは、その答えがある、といわれている。
例えば
大宇宙広しといえど、私たち人間にしか果たすことのできない、
たった一つの尊い目的があります。

これがハッキリすれば、自殺問題の論争に終止符が打てる。



# by sakyamuni | 2020-09-28 12:00 | 生きる意味