うちは浄土真宗なので、お仏壇に名号本尊をおかけしています。
浄土真宗では水や茶はおそなえしないと聞きましたが
おそなえしてはいけないのでしょうか。

確かに普通は水と茶はお供えしません。
お花とお供物、御仏飯は正三角形になるような盛り方をしたらいいです。
難しいときはおにぎりで代用することもあります。
正三角形か少し縦長の二等辺三角形です。
御仏飯というのは仏様にお供えしたご飯と言うことで
お下げしてから食べたらいいです。

固くなったからすてよう、ではもったいない。
食べたらいいです。
大変な仏縁になります。

ネズミでも固いご飯食べて仏縁になって
次の生、仏法を聞くことになることもある。

次にお供え物、殺生をした生臭い物は普通は遠慮します。
魚などは生のまま供えることは普通しません。
血のしたたる肉とかはだめ。
おにぎりもおかかとかツナもちょっと……。

よそに行ったときにそこの珍しい特産物、
またお客様がくれたもの、
ミカンを一箱もらったら、その中からいくつかをお供えする。
普通、水はお供えしません。
お茶もしません。
してはいけないとは聞いたことはありませんが、
浄土真宗では通常しません。

何か変わった清水、
そういうのは良いかも知れませんが、
水道水は、特に東京の水道水はあまり……。


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# by sakyamuni | 2017-10-18 12:00 | 仏教 | Comments(0)

善根は善業力となる。
それが私たちの幸せを生み出す。

逆に悪い事をすると悪業力になる。
見た目はそんなに変らない。目に見えない。
それが縁にふれた時目に見える結果となる。

「年毎に咲くや吉野の山桜木を割りてみよ花のありかは」
奈良県の吉野山は、桜の名所。
毎年春になると山全体が桜で満開。
しかし、冬に行くと枯れ木のようなものがたっているだけ。

木を五分刻みにしても花びら一枚見つからない。
しかし、春の陽気という縁に触れると花を咲かせる。

冬の間は目に見えない力として蓄えられている。
人間の行為も、すぐには結果が現れないかもしれない。
しかし目に見えない業力が阿頼耶識におさめられている。
まいた種は必ず生える。

食物、カップヌードル毎日3食たべていると体を壊す。
全ては撒いた行為の結果。

高橋尚子
小出監督大変な努力をしている。
イメージトレーニング

すべては因果応報
努力精進を怠ってはいけない。
いわんや仏法者は。

当たり前の事が現代人には
欠けているのではないだろうか。


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# by sakyamuni | 2017-10-17 12:00 | 因果の道理 | Comments(0)

大命将に終わらんとして悔懼交至る
(釈尊)

人生の目的が分からなければ、
結局最後、
「どうしてあのときあんなことをしてしまったのか」
後悔してしまうんだよ。
そして恐ろしくなってしまうんだよ。
どっちがメインかわからない。
まず仏法があって、隙間に手段。
心がけはこう。
まず人生の目的があって、後生の一大事の解決に向かう。
そして手段。
ところが手段ばかりになって目的を見失う。
生きる意味がなくなる。

馬蹄。
馬のつめを痛めないためにつくる。
馬が一匹もいなくなっても、馬蹄ばかり造っている。
目的を見失って手段ばかりに走っている、
そんな人は馬がいないのに馬蹄を作る人と同じ。
意味がない。

相手がいないのに「デートがあるの♪」といって化粧している。
意味がなくなる。

私たちの目的は、後生の一大事の解決。
目的が分からないと生きる意味がなくなる。

これが人生の目的、生涯かけての最大事。
そんないい加減な気持ちでいいんですか。
そういう言動が親鸞聖人のはしばしに出てくる。
南無阿弥陀仏の智慧によってハッキリわかられた。


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# by sakyamuni | 2017-10-16 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)

あんまりハッキリした税金のムダ使いが公報されるから納税意識が低下するのは当り前。
昔の話だが、例えば小さなマイホームも持てず困っている者がたくさんいるのに、
25億もの天皇の墓を造成する。
金額の多寡が問題ではなく、納税意識を失わせるのは、使途の不可解さである。

税金は国民のために有効利用するもの。
困っている国民を救済する事が税金のちゃんとした使い方。

私たちの人生でも言える事。
一生懸命生きろと言われても、
何のために一生懸命生きるのか。
これがわからなければ、生きる意欲がでてこない。

命は時間であったり、金に換算されたり、エネルギーであったりする。
これら、時間、金、エネルギーはすべて手段。

それらのものを、
本当にこれにつかったら悔い無しと言えるものを
みんなはっきりと持っているのか。

できればみんな一生懸命生きたい。
でも、どこに使っていいのかわからない。
あんなに働いてきていた人たちが、今はもうやめさせられている。

私たちの生きる意欲が低下している、
根本的な原因はなにかというと、
金額の多寡とは、
時間がないからでもなく、
お金が無いからでもなく、
体力が無いからでもない、
生きる意味が分からないから、
生きる意欲がなくなっている。

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# by sakyamuni | 2017-10-15 12:00 | 生きる意味 | Comments(0)

蓮如上人の3番目の奥さん。
如勝という人と結婚されて、如勝についておっしゃっている。

如勝はずっと体が悪かったそうですが、
30歳で子供を出産し、若くして亡くなっている。
しかし蓮如上人は、如勝について

自ずから朝夕の暇には和讃、聖教を心にかけ、
そのいわれを人にも詳しく尋ねついに信心決定の身となり
(帖外御文)

といわれている。
そしてこれを仰有った後に彼女は常に人に語っていたことは、
私ほどの果報者はないと、こう言われていた。

私たちはここを大いに反省して聞法しなければならない。


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# by sakyamuni | 2017-10-14 12:00 | 信心 | Comments(0)